長野電鉄3500系電車
長野電鉄の直流通勤形電車 ウィキペディアから
長野電鉄3500系電車(ながのでんてつ3500けいでんしゃ)は、かつて長野電鉄が運用していた通勤形電車。帝都高速度交通営団(営団地下鉄、現東京メトロ)日比谷線で使用された3000系を譲受・改造した車両である。
長野電鉄3500系電車 長野電鉄3600系電車 | |
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![]() 3500系N3編成 (2019年12月10日 柳原駅 - 村山駅間) | |
基本情報 | |
運用者 | 長野電鉄 |
種車 | 営団3000系電車 |
改造年 | 1992年 - 1997年 |
改造数 |
28両+代替車1両(3500系) 9両(3600系) |
総数 | 38両 |
運用開始 | 1993年4月6日 |
運用終了 |
2020年9月25日(3600系) 2023年1月19日(3500系) |
投入先 | 長野線・河東線 |
主要諸元 | |
編成 |
2両(3500系) 3両(3600系) |
軌間 | 1,067 mm |
電気方式 |
直流1,500V (架空電車線方式) |
最高運転速度 | 90 km/h |
車両定員 |
先頭車120(座席48)人 中間車128(座席56)人 |
全長 | 18,000 mm |
全幅 | 2,790 mm |
全高 |
3,730 mm 3,875 mm(事故代替車) 3,995 mm(パンタグラフ付き車両) |
台車 |
FS-336 FS-510 |
主電動機 | 直流直巻電動機 |
主電動機出力 | 75kW×4 (端子電圧375V) |
駆動方式 | WN駆動方式 |
歯車比 | 98:15=6.53 |
編成出力 | 600kW |
制御方式 | 抵抗制御 |
制御装置 | バーニヤ抵抗制御 |
制動装置 |
電磁直通ブレーキ 発電ブレーキ(HSC-D形) 抑速ブレーキ |
保安装置 | ATS |
備考 | N7・N8・O2編成は休車中であるため廃車されていない。 |
本項ではその長編成版である3600系についても併せて解説する。
概要
長野オリンピックを6年後に控えた1992年(平成4年)から1997年にかけて、普通列車の増発と老朽化した2500系(元東急5000系)や0系「OSカー」などの在来車の置き換え・車種統一を目的に投入された。先頭車(旧3000形)34両、中間車(旧3500形)3両の37両が投入され、長野電鉄の最大勢力車両となった。また、これらとは別に部品確保用となった無車籍の先頭車2両(うち1両は事故車両の補充用として使用された)が須坂駅構内に存在したため実際には39両が長野電鉄入りしている。
長野電鉄では編成両数の違いによって、2両編成が3500系、3両編成が3600系と車両番号(車番)が区分され、さらに2両編成は木島線用での車内運賃収受用に、運転台後部にバス用の運賃箱と運賃表示器が設置された「O編成」とそれ以外の「N編成」に区分されている。車番も3両編成の「L編成」が3601 - 、2両編成の「N編成」が3501 - 、ワンマン用2両編成の「O編成」が3521 - の通し番号で再付番された。これらは「L編成」の湯田中寄り先頭車の主電動機が撤去され、Tc車となっている点を除いては性能的にはほとんど差がない。
- N(Normal)編成:モハ3500形-モハ3510形 - 2両編成8本[注釈 1]
- O(One-man)編成:モハ3520形-モハ3530形 - 2両編成6本[注釈 2]
- L(Long)編成:クハ3650形-モハ3600形-モハ3610形 - 3両編成3本[注釈 3]
譲受当初は、先述のL編成における主電動機撤去を除き、次の主な改造を受けている。
- 耐雪ブレーキの新設
- 30 - 40 ‰ の勾配が連続する信州中野 - 湯田中間にも入線できるようにするため、主回路の主抵抗器容量の増大
- 側扉へレールヒーターの新設と半自動化
- 運転室前面下梁の強化
- 列車無線の交換
この他、車体の窓上下に赤帯が入れられ、社章が長野電鉄のものへ交換された程度で就役した[注釈 4]。ただし譲受当初はレジン製の制輪子を使用していたものの、雪に弱いことから鋳鉄製のものへ交換されている。なお、当初は前部標識灯の増設工事も計画されていたが[2]、結局この工事は施工されなかった。
その後、使用条件の変化などからO編成以外のワンマン運転対応改造や、2001年(平成13年)には京成電鉄から譲受した冷房装置の搭載改造(N3 - N8編成とL編成のすべて)が施工された。この冷房化にあたっては電源装置に営団5000系電車の廃車発生品である静止形インバータ (SIV) が搭載されている。
- 車内
- 優先席
- 運転台
運用・沿革
要約
視点
1992年(平成4年)
- 同年から1997年にかけて元営団3000系17編成37両が長野電鉄に譲渡、1993年4月から運用を開始。
2002年(平成14年)

2005年(平成17年)
- 大型車体で輸送力の大きい8500系(元東急8500系)が投入され、長野電鉄では非冷房車は冷房改造をせずに引退させる方針に変更。これに先立ち、部品確保用の1両と事故に遭った元3524号が解体され、続いて運用車の廃車も発生した。朝のラッシュ時に須坂 - 長野間で見られたN編成を2本併結した4両編成も8500系3両編成に置き換えられて消滅している。ただし、8500系は勾配対応の抑速ブレーキと抵抗器を搭載していないため信州中野 - 湯田中間に入線不可能なことから冷房車(N編成)数編成が定期運用引退間際まで残存し、3000系の導入が完了するまでは当該区間を中心に運用されていた。また、8500系の検査時はL編成が代走を務めるため、本来L編成が務めている運用をN編成を2本併結した4両編成が代走したこともあった。
2007年(平成19年)
- 営団時代の第1編成だったN1編成(廃車済)が保存のために東京メトロに返還され、事実上の里帰りを果たした(「営団3000系電車#保存車」参照)。
2011年(平成23年)
- 12月 - O6編成が赤帯と「NAGADEN」ロゴが消された営団時代の姿に戻り、廃車までその状態で運用された。

2012年(平成24年)
- 3月31日 - 屋代線の定期運用の最後の1往復(須坂 - 松代間)のみ、混雑緩和のためN7編成とN8編成を連結し、およそ5年ぶりに4両編成での営業運転が行われた(須坂と松代以外、後ろの編成はホームが短いためドアカット)。
2019年(令和元年)
2020年(令和2年)
- 1月に東京メトロより03系電車を譲受・改造した「3000系」を導入することが決定し、同年に運行を開始した。2022年(令和4年)までに当初の計画通りの3両編成5本の導入を進め、本系列の残存していた6編成を廃車する計画を公表[5][6][注釈 6]。
2021年(令和3年)
- 6月2日 - N6編成が引退した。
2022年(令和4年)
- 3月31日 - N7編成が引退した。
2023年(令和5年)
編成表
- この書体(斜体)は長野電鉄譲渡時に撤去された機器
- ( )内は営団時代の車両番号
3500系
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- 3524は、当初元3045号であったが、踏切事故で損傷したため事故復旧の際に元3077号に交換された。
- N7・N8・O2編成は休車扱いである。
3600系
脚注
関連項目
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