原子炉(げんしろ、英: nuclear reactor)とは、制御された核分裂連鎖反応を維持することができるよう核燃料などを配置した装置。
制御された核融合の連鎖反応を維持する炉である核融合炉と区別するために、特に核分裂炉と呼ばれることもある。
235U や 239Pu などの核分裂性物質が中性子を吸収することで発生する核分裂反応は、新たに中性子、すなわち即発中性子(prompt neutron)と遅発中性子(delayed neutron)を放出する。
これら中性子は平均約2 MeVのエネルギーを持っているが、媒質中にまだ核分裂性物質が存在していれば、中性子はそれらとまた核分裂反応を起こしてまた新たな中性子を放出する。この過程は次々と繰り返され、いわゆる連鎖反応、すなわち核分裂連鎖反応(fission chain reaction)を起こす。
この核分裂連鎖反応を極めて短時間のうちに行わせ膨大なエネルギーを瞬時に放出させるものが原子爆弾であり、核分裂連鎖反応を制御した形で発生させることで、核分裂のエネルギーなどを安全に取り出すための装置を原子炉(nuclear reactor)と呼ぶ[2]。
なお、制御された核融合反応を維持することで核エネルギーを取り出す核融合炉[注釈 1]については以下を参照。
ほか、人工の原子炉に似た特定の条件下では天然の核分裂炉ができることがある。知られている唯一の天然原子炉はガボン共和国のオートオゴウェ州オクロ[注釈 2] に20億年前に形成されたオクロの天然原子炉がある。
- 炉心
- 炉壁・容器
中性子の主たるエネルギー領域による分類
原子炉の炉型は臨界状態を維持するのに、どのくらいの運動エネルギーの中性子を利用するのかという観点から分類することができる。
- 熱中性子炉(thermal neutron reactor)
- 減速材を用いることで速い中性子を熱中性子まで減速させ、その熱中性子によって核分裂連鎖反応が維持されるように設計された原子炉[注釈 3][注釈 4]。
- 中速中性子炉(intermediate reactor)
- 主に中速中性子によって核分裂連鎖反応が維持されるように設計された原子炉。減速材はあまり使用しない[注釈 5]。
- 高速中性子炉(fast neutron reactor)
- 高速中性子によって核分裂連鎖反応が維持されるように設計された原子炉[注釈 6]。減速材は用いない。
燃料の種類による分類
- 天然ウラン燃料炉(natural-uranium fuel reactor)
- 天然ウランを燃料とする原子炉。減速材としては、重水または黒鉛が使用できる。
- 濃縮ウラン燃料炉(enriched uranium fuel reactor)
- 235U を濃縮したウランを燃料とする原子炉[注釈 10]。
- プルトニウム燃料炉(plutonium fuel reactor)
- プルトニウムを燃料とする原子炉。
- トリウム系燃料炉(thorium series fuel reactor)
- トリウムを親物質とし、トリウムから作られる 233U を燃料として使用する原子炉。
燃料の形態による細分類
- 金属燃料炉(metallic fuel reactor)
- ウラン等をそのまま金属あるいは、他の金属の合金として使用する原子炉。例として、ウラン・モリブデン合金等がある。
- セラミック燃料炉(ceramic fuel reactor)
- ウラン等を酸化物や炭化物として使用する。主として、動力炉の燃料として使用される。
使用目的による分類
- 動力用原子炉(power reactor、動力炉)
- 発電用あるいは船舶等の推進用の動力を得るための原子炉。
- 原子力飛行機、原子力空母、原子力潜水艦、原子力船、原子力機関車などに利用される。
- 材料試験炉(material test reactor)
- 材料や燃料の照射実験を行う原子炉。プルトニウム生産炉など。
- 多目的利用原子炉(multi purpose reactor)
- 発電、海水脱塩、プロセスヒート等、複数の目的に使用する原子炉。
- 生物医療用原子炉(bio-medical reactor)
- 生物学や医療あるいは、医療用のアイソトープの生産に使用される。
開発中の原子炉の開発段階による分類
- 研究用原子炉(research reactor、研究炉)または実験用原子炉(experimental reactor、実験炉)
- 原子炉の核特性の研究、教育目的、放射線や中性子線の照射実験などに用いられる原子炉[注釈 15]。
- 原型原子炉(prototype reactor、原型炉)
- ある特定の形式の動力炉を開発するために、それに先立って建設される実用規模に近い試作原子炉[6]。
- 実証原子炉(proven reactor、実証炉)
- 実験の段階を経て経済性・安全性が実際に確証された段階にあると認められた原子炉[7]。
- 実用炉
- 実用段階の原子炉。この段階でその設計が完成したと見なされて、多数のプラントが建設される。
開発世代による分類
米国エネルギー省 (DOE) は、2030年頃の実用化を目指して提唱する次世代の原子炉の一般的な概念を示すために、原子炉の開発世代を次とおりに定義した[8]。
- 第1世代 (GEN-I)
- 1950年代から1960年代前半に運転を開始した初期の原子炉
- 第2世代 (GEN-II)
- 1960年代後半から1990年代前半に建設された商業用原子炉
- 第3世代 (GEN-III)
- 1990年代後半から2010年代頃に運転開始した原子炉で、第2世代の改良型として開発された原子炉[注釈 16]
- 第4世代 (GEN-IV)
- 2007年現在研究が進んでいる原子炉で、天然ガス火力発電とも競合できる高い熱効率、高度な安全性、放射性廃棄物の負担の最小化及び高度な核拡散抵抗性などの特徴をもつ革新的原子炉群。高温ガス炉は、中国で商用炉が建設中である[9]。
注釈
実用規模のエネルギーを生成可能な核融合炉はいまだ存在しないが、現在計画中のITER(国際熱核融合実験炉)では最大で50万 kWの出力(熱出力)が期待されている[3]。
熱中性子はウラン235を良く核分裂させることができる。なお、熱中性子炉という名前だが、高速中性子の寄与もそれなりにある。
減速材をほとんど使用しないため中性子の損失を最小限にとどめることができる。用語辞典(1974) p.212 『中速中性子炉』
高速中性子はウラン238に吸収されやすく、中性子を吸収したウラン238はプルトニウム239となるため燃料の増殖が容易である。反面、高速中性子はウラン235とは反応しにくく、また、ウラン238に吸収されてしまう分だけ核分裂に利用できる中性子の数が少なくなるため、中性子を効率よく利用できる原子炉とする必要が生ずる。なお、高速中性子は核燃料から発生する超ウラン物質を核分裂させる能力にも優れ、このため、高速炉を高レベル放射性廃棄物の消滅処理に利用することが検討されていると言われる。
通常の水である軽水は中性子減速能が大きいが中性子吸収能も大きい。通常は減速材が冷却材を兼ねる。軽水は安価で大量に入手することができ、火力発電で使用されているため性状が良くわかっている。反面、吸収能が大きいため軽水冷却炉では濃縮されたウラン燃料を用いて発生する中性子の数を増やす必要がある。
重水は軽水に次ぐ減速能を持ち、吸収能は小さい。従って重水炉では天然ウランを始めとして多様な物質を核燃料として用いることができる。ただし、重水は高価である。
炭素からなる黒鉛は水に次ぐ減速能を持ち常温で固体である。黒鉛は減速能を持たない物質を冷却材として用いる設計の原子炉で使用されており構造が比較的簡単な為、原子力開発能力の低い国でも使用されている。しかし発電効率が悪い反面プルトニウム239の生成効率が高い事から核兵器用プルトニウム製造に良く使用された。現在では主にガス炉の減速材として使用されている。
軽水を減速材とする場合は、濃縮ウランを使用しなければならない。
軽水が減速材と冷却材を兼ねることもあれば、減速材は黒鉛や重水で冷却材は軽水と分けられることもある。
水蒸気と異なりガスは圧力を高めなくとも高温にすることができるため初期の原子炉では二酸化炭素が冷却材として用いられた。反面、密度が小さく熱運搬能力に乏しいためガス炉による商用発電は経済性に劣り商用発電炉の主流は軽水炉に替わった。ヘリウムは、現在研究・開発が進められている1,000度を越える高温を原子炉から得る高温ガス炉の冷却材として用いることが研究されている。また高速増殖炉の冷却材としてヘリウムガス冷却も検討されている。なお、日本に初めて導入された原子炉は英国製のガス冷却炉である。
液体金属は常圧で高温を得られる熱運搬能力に優れた流体であるため、配管を耐圧とする必要が無く原子炉全体を小型軽量化できる。このため艦船の動力として採用されていたが、金属を流体の状態に保つための高温の維持に苦労が多く、採用はごく少数に留まった。ナトリウムは初期の原子力潜水艦の原子力炉冷却材として採用されていた。しかし、ナトリウムは水と激しく反応するため、旧ソ連のアルファ級などでは低融点の鉛・ビスマス合金(スプリンクラーヘッドなどに使用されている)を冷却材とする原子炉が採用された。ナトリウムは中性子減速能を持たないため、高速増殖炉の冷却材として使用されている他、鉛・ビスマスも高速増殖炉冷却材として検討されている。
ほか、金属ではないが溶融塩を冷却材として使用する溶融塩原子炉などの原子炉もある。
日本には以下の研究用原子炉がある。
原子力白書1961「研究用原子炉」
- 原研JRR-1 日本原子力研究開発機構、濃縮ウラン軽水炉(ウォーターボイラー型)50kW、茨城県東海村、1957年8月臨界 - 1968年9月運転休止 - 廃炉。
- 原研JRR-2 日本原子力研究開発機構、90% (20%) 濃縮ウラン重水炉(CP-5型)10MW、茨城県東海村、1962年4月17日臨界(90%燃料) - 1970年10月1日臨界(20%燃料) - 運用停止
- 原研JRR-3 日本原子力研究開発機構、天然ウラン重水炉(国産1号炉)10MW、茨城県東海村、1962年9月12日臨界。
- 原研JRR-4 日本原子力研究開発機構、濃縮ウラン軽水炉(プール型)1MW(最大3MW)、茨城県東海村、1965年1月28日臨界。
- 原研JPDR 日本原子力研究開発機構、濃縮ウラン軽水炉(BWR型)46.7MW(電力12.5MW)、茨城県東海村、1963年10月26日初臨界、日本初の電力発電。1976年3月18日運転終了 - 1996年3月31日解体終了。
- 原研JMTR 日本原子力研究開発機構、濃縮ウラン軽水炉(タンク型)50MW、茨城県大洗町、1968年3月30日臨界。
- 原研HTTR 日本原子力研究開発機構、二酸化ウラン黒鉛炉(GCR型)30MW、茨城県大洗町、1998年11月10日臨界。
- 近畿大学研究炉 (UTR-KINKI) 濃縮ウラン軽水炉(UTR型)0.1W(後に1Wに変更)、大阪府東大阪市(旧布施市)、1961年11月11日臨界。日本初の大学所有の研究炉。
- 立教大学研究炉 (RUR) 20%濃縮ウラン水素化ジルコニウム炉(TRIGA-II型)100kW、神奈川県横須賀市佐島字松越、1961年12月9日臨界 - 廃炉。
- 五島育英会研究炉 (MITRR) 東京都市大学(旧武蔵工業大学)、20%濃縮ウラン水素化ジルコニウム炉(TRIGA-II型)100kW、神奈川県川崎市王禅寺、1961年12月臨界 - 廃炉。
- 京都大学研究炉 (KUR) 90%濃縮ウラン軽水炉(プール型)1MW - 5MW、大阪府熊取町、1964年6月25日臨界。
- 日立研究炉 (HTR) 10%濃縮ウラン軽水炉(プール付タンク型)100kW、神奈川県川崎市王禅寺(東京原子力産業研究所(TAIC研)株式会社内)、建設費は約1.4億円。1961年12月25日臨界。1962年8月に日立製作所から東京原子力産業研究所に譲り渡された。休止 - 炉心解体。
- 東芝研究炉 (TTR-1) 20%濃縮ウラン軽水炉(プール型)30kW(最大100kW)、神奈川県川崎市末広町(日本原子力事業総合研究所(NAIG研)内)、総工費は約1.5億円。1962年3月13日臨界 - 休止。
- 三菱研究炉 13%濃縮ウラン軽水炉(タンク型)30kWの研究炉を、三菱電機と三菱原子力工業が協力して、茨城県東海村字舟石川に設置する準備を進め、1962年8月に設置許可になっていたが、その後建設計画が取りやめになった。
- 東京大学研究炉(弥生)濃縮ウラン空気冷却高速中性子源炉2kW、茨城県東海村、1971年4月臨界。2011年3月休止予定。
- 動燃高速実験炉(常陽)MOX燃料Na冷却高速中性子型(FBR型)50MW、茨城県大洗町成田町
- 『最新核エネルギー論 エネルギー技術としての「核分裂」と「核融合」』(発行:学習研究社・1990年4月1日発行)
- 安 成弘『原子炉の理論と設計』東京大学出版会〈原子力工学シリーズ〉、1980年。
- 原子力用語研究会(編) 編『図解 原子力用語辞典』(新版)日刊工業新聞社、1974年。
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