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日本のプロボクサー ウィキペディアから
保住 直孝(ほずみ なおたか、1974年12月10日 - )は、日本のプロボクサー。神奈川県横須賀市出身。元日本ミドル級、元OPBF東洋太平洋同級王者。ヨネクラボクシングジム所属。横浜高校卒業。
高校時代の1991年・1992年、インターハイライトヘビー級2連覇を達成する。卒業後、ヨネクラジムに入門。
1993年6月8日、西森豊に2RKO勝ちでプロデビュー。
1995年8月8日、日本ミドル級王座決定戦でケビン・パーマーと対戦。ダウンを奪ったものの10RKO負け。プロ初黒星となった。
1999年4月3日、日本テレビ「ダイナミックグローブ」で大谷信直を7RTKOで下し、日本同級王座獲得。
4ヵ月後にテレビ朝日「エキサイトボクシング」でノンタイトルを1RKO勝利。
2000年2月29日、堀内稔を判定で下し、初防衛に成功。
2000年8月1日、鈴木悟に顎を2箇所折られた末に8RTKOで敗れ、王座陥落。
2001年8月1日、OPBF東洋太平洋ミドル級タイトルマッチでパーマーと再戦。9RKO勝ちで王座を獲得。
2002年5月14日、崔光辰を迎えてのOPBF東洋太平洋王座初防衛戦ではほぼ試合を支配し、8RKO勝ちを収めた。
2002年7月29日、ノンタイトルでガオグライ・ゲーンノラシンに4RKO勝ち。この試合後、OPBF東洋太平洋王座返上。
2002年10月10日、WBA世界ミドル級王座に挑戦。竹原慎二を倒したウィリアム・ジョッピーに10RTKO負けを喫し王座獲得失敗。
2004年5月1日、荒木慶大が持つ日本ミドル級王座に再挑戦も判定負け。
2006年、第3回B:Tight!に参戦。決勝でアマチュア13冠の佐藤幸治に敗れ、準優勝となった[1]。
2008年2月23日、東京都で公務執行妨害事件を起こし、6月24日有罪判決を受けたことにより、日本ボクシングコミッション(JBC)からライセンス無期限停止処分を受けた[2]。
2010年12月1日、ボクシング系格闘技イベントBOXFIGHTのメインイベントでラチャシー・シッサイトーンと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた[3]。
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