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ピート・ロック(本名:ピーター・フィリップス(英語:Peter Phillips)、1970年6月21日-)は、アメリカ合衆国・ブロンクス区出身のヒップホップ DJ、プロデューサー、ラッパーである。
1990年代初頭に、ピート・ロック&CLスムースの1人として、頭角をあらわしてきた。コンビ解消後も活躍を続け、世界的な名声を博している。
彼は、ヒップホップがジャズの要素を取り入れていく際、ステッツァソニック、ア・トライブ・コールド・クエスト、ギャング・スターなどと共に、大きな役割を果たした。ヒップホップの歴史の中で、最も偉大なるプロデューサーに数えられる共に、DJプレミアやRZAと共に、1990年代のイースト・コースト・ヒップホップを支えてきた人物として言及されることも多い。
彼はヘビーDのいとこでもある。
ピート・ロックは10代の頃からマーリー・マールのラジオ番組(WBLSが放送していた"In Control With Marley Marl")に出演するなど、早い段階から音楽の才能を開花させていた。そんな彼は1991年、21歳のとき、二歳年上の友人Corey Penn (後のC.L. Smooth) と共に、レコード会社の Elektra と契約を結ぶ。その後、二人はデュオの名前を Pete Rock & C.L. Smooth と改め、デビューアルバムから成功を収め続けた。
特にそのソウル色の濃いトラックは人気が高く、ヒップホップ最高のプロデューサーとしてピート・ロックの名を挙げる人も多い。アンバサダーズの「アイ・ガット・ザ・ラブ」をバックトラックに使用した曲「エイント・ガット・ザ・ラブ」などは、彼のソウルフルなセンスをよく表現している。また彼はジェームス・ブラウンらのファンクも大好きで、フェイバリットアルバムに70年代のファンク作品をあげている。
日本でも今なお高い人気を誇っているため、度々来日を果たしている。
他多数
ジョーダン・ファーガソン『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』吉田雅史訳・解説、DU BOOKS、2018年8月。
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