陳三立
ウィキペディア フリーな encyclopedia
陳 三立(ちん さんりつ)は、清末から中華民国にかけての同光体詩人。字は伯厳、号は散原。
概要 陳三立, プロフィール ...
陳三立 | |
---|---|
陳三立 | |
プロフィール | |
出生: | 1853年(清咸豊3年) |
死去: |
1937年(民国26年)9月19日 中華民国 北平市西城 |
出身地: |
清江西省南昌府義寧州 (現在の江西省九江市修水県寧州鎮[1]) |
職業: | 詩人 |
各種表記 | |
繁体字: | 陳三立 |
簡体字: | 陈三立 |
拼音: | Chén Sānlì |
ラテン字: | Ch'en San-li |
注音二式: | Chén Sānlì |
和名表記: | ちん さんりつ |
発音転記: | チェン・サンリー |
テンプレートを表示 |
閉じる
父親の陳宝箴は変法派の人物で、陳三立自身も譚嗣同・丁恵康・呉保初とともに「維新四公子」と称された。戊戌の政変後は政治から離れ、詩人として活動した。子は画家の陳衡恪と歴史学者の陳寅恪である。