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酒呑童子
日本の伝説上の怪物 / ウィキペディア フリーな encyclopedia
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この項目では、大江山の鬼について説明しています。大分県の伝承については「酒呑童子山」を、その他の用法については「酒呑童子 (曖昧さ回避)」をご覧ください。 |
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酒呑童子(しゅてんどうじ)は、丹波国と丹後国の境にある大江山、または山城国と丹波国の境にある大枝(老の坂)(共に京都府内)に住んでいたと伝わる鬼の頭領、あるいは盗賊の頭目。酒が好きだったことから、手下たちからこの名で呼ばれていた。文献によっては、酒顛童子、酒天童子、朱点童子などとも記されている。彼が本拠とした大江山では洞窟の御殿に住み棲み、茨木童子などの数多くの鬼共を部下にしていたという。伝承では酒呑童子は最終的に源頼光とその配下の渡辺綱たちに太刀で首を切断されて打倒された。東京国立博物館が所蔵する太刀「童子切」は酒呑童子を退治した伝承を持ち、国宝に指定され天下五剣にも選定されている。また源氏所縁の兵庫県川西市の多田神社が所蔵する安綱銘を持つ太刀「鬼切丸」も酒呑童子を退治した伝承を持っている[1]。
この記事の項目名には以下のような表記揺れがあります。
- 酒呑童子
- 酒吞童子
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―小村雪岱 (1927年)による挿絵