藤井貞寿ウィキペディア フリーな encyclopedia 藤井 貞寿(ふじい さだとし、明治28年(1895年)月3日4 - 昭和19年(1944年)9月9日)は、日本の陸軍軍人。旧姓は桐原で、張作霖爆殺事件を実行。独立工兵第56大隊長・第2野戦船舶廠長を務め、ペリリュー島に於いて戦死を遂げる。階級は陸軍大佐。 昭和5年5月16日陸軍工兵中尉桐原貞寿→藤井に改姓[1]。
藤井 貞寿(ふじい さだとし、明治28年(1895年)月3日4 - 昭和19年(1944年)9月9日)は、日本の陸軍軍人。旧姓は桐原で、張作霖爆殺事件を実行。独立工兵第56大隊長・第2野戦船舶廠長を務め、ペリリュー島に於いて戦死を遂げる。階級は陸軍大佐。 昭和5年5月16日陸軍工兵中尉桐原貞寿→藤井に改姓[1]。