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河西回廊
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河西回廊(かせいかいろう、河西走廊、甘粛走廊)は、チベット高原北西端に接する細長い形の地域・交通路の呼称で、黄河の西側にあるためにこの名で呼ばれる。日本では、河西回廊と呼ばれている。
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古くからシルクロードを含めた東西交通史上において重要な役割を果たしてきた地域で、西域へ抜ける交通の要路として、東と西を結ぶ回廊地帯となっていた[1][2]。
河西回廊の北側にはゴビ砂漠の一部をなすバダインジャラン砂漠が広がっている。漢王朝は砂漠を超えた異民族からの防衛のため、武威から玉門関まで万里の長城を建設した。