デービッド・イゲ

アメリカの政治家 ウィキペディアから

デービッド・イゲ

デービッド・ユタカ・イゲ(英語:David Yutaka Ige、日本名:伊芸 豊〈いげ ゆたか〉[1]1957年1月15日 - )は、アメリカ合衆国の政治家。ハワイ州知事(第8代)を務めた。2014年に民主党の指名選挙で66パーセントを得票して現職のニール・アバークロンビーを破り、州知事選挙では49.5パーセントの票を得て、共和党のデューク・エオナと無所属のムーフィー・ハンネマンを破った。2014年12月1日に史上4番目のハワイ生まれの州知事として就任した。ハワイ州知事の中ではジョージ・アリヨシに次ぐ2番目の日系人で、沖縄にルーツを持つ知事としては初となる[2]

概要 生年月日, 出生地 ...
デービッド・イゲ
David Ige
Thumb
生年月日 (1957-01-15) 1957年1月15日(68歳)
出生地 アメリカ合衆国 ハワイ準州パールシティ
出身校 ハワイ大学マノア校
前職 ハワイ州議会上院議員
現職 ハワイ州知事
所属政党 民主党
配偶者 ドーン・イゲ
子女 3人
サイン Thumb

在任期間 2014年12月1日 - 2022年12月5日
副知事 シャン・ツツイ
ダグ・チン
ジョシュ・グリーン

 ハワイ州
上院議員
在任期間 1995年1月15日 - 2014年12月1日
州知事 ベン・カエタノ
リンダ・リングル
ニール・アバークロンビー

 ハワイ州
下院議員
在任期間 1985年12月2日 - 1995年1月15日
州知事 ジョージ・アリヨシ
ジョン・ワイヘエ
ベン・カエタノ
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生い立ち

1957年1月15日にオアフ島パールシティでトキオ・イゲとツルエの間に6人兄弟の四男として誕生する。父方は沖縄県出身、母方は山口県出身である[1][3]。父であるトキオは第二次世界大戦中に第442連隊戦闘団第100歩兵大隊に従軍し[4]パープルハート章ブロンズスターメダルを授与されている。戦後、トキオは製鉄所に勤務し、一方の母・ツルエは看護師歯科衛生士として働いた。トキオは2005年に86歳で他界したが、ツルエはパールシティに住み続けている。

デービッドはパールシティ小学校、ハイランズ中学校、パールシティ高校に通った。パールシティは野球が盛んで、少年時代はパールシティ・リトル・リーグに8年間所属していた。当時新設のパールシティ高校では第3学年で生徒副会長を務め、最終学年で学級委員長になった。また、高校で始めたテニスも徐々に上達し、オアフ島西部地区で優勝するまでになった。学業成績も500人中4位であった[5]

マサチューセッツ工科大学への入学も認められていたが、ハワイ大学マノア校に進学し、電気工学を専攻した。在学中には学生自治会事務局なども務めた。

また、後に妻となるドーンとも出会った。結婚後1男(マシュー)2女(ローレン、エイミー)をもうけた。

職歴

大学卒業後、ハワイアン・テルコムで働きながら、ハワイ大学大学院で決定科学を研究して経営学修士号(MBA)を取得した。1986年、ハワイ・ビジネス・マガジンでハワイ大学MBA取得者トップ10に選ばれた。

会社では電気技師とプロジェクトマネージャーとして34年間勤務し、情報技術テレコミュニケーション、ネットワーク、公共政策部門に関わった。

政治的キャリア

1985年12月2日、当時の州知事ジョージ・アリヨシから指名され、ハワイ議会下院議員となった。1994年からはハワイ議会上院議員を務めた[6]。在任中9つの委員会で議長を経験した[7]。また、主に情報やテレコミュニケーション政策に深く関わった[7]。州情報ネットワークやハワイ情報ネットワーク機構の整備を定めた、ハワイテレコミュニケーション及び情報産業法の制定に尽力した。一方で、経済の多様化にも中心的役割を果たし、ベンチャーキャピタルプログラムやソフトウェア開発支援構想、技術移転プログラムなどを推進した。

知事選出馬

2014年、民主党の指名選挙で66%を得票して[8][9][10]、現職のニール・アバークロンビーを破り、民主党知事候補に任命された[6][11]。知事選挙では49.5パーセントの票を得て、共和党のデューク・エオナ候補と無所属のムーフィー・ハンネマン候補を破った。

州知事就任

2014年12月1日に前州知事時代からの続投となるシャン・ツツイ副知事と共に州知事の就任を宣誓した[12]。就任式では、「過去を敬い、新しい明日を描こう」というテーマが掲げられた。アメリカ合衆国上院議員を長く務めた故ダニエル・イノウエらと共に[12]第442連隊戦闘団第100歩兵大隊で戦った父への敬意を表す言葉でもある。また、「子供のために」、「おかげさまで」という日本語を取り入れたスピーチを行った[13]

2023年、日本国政府より令和5年春の叙勲において、旭日重光章が贈られた[14]

参照

参考文献

外部リンク

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