ソユーズ25号
ウィキペディア フリーな encyclopedia
ソユーズ25号(Soyuz 25 、ロシア語: Союз 25)は、1977年のソビエト連邦の有人宇宙飛行である。10日前に打ち上げられたばかりの新しいサリュート6号を訪れた初めてのミッションである。しかしこのミッションは、乗組員のウラジーミル・コワリョーノクとワレリー・リューミンは、5度の試みでも宇宙ステーションのドッキングラッチに機体を結合させることができず、ミッションは中止された。ステーションの反対側へのドッキングを試みるのに充分な燃料がなかったため、彼らは地球に戻った[2]。
概要 COSPAR ID, 任務期間 ...
COSPAR ID | 1977-099A |
---|---|
任務期間 | 2日44分45秒 |
周回数 | 32 |
特性 | |
宇宙機種別 | ソユーズ7K-T |
製造者 | NPOエネルギア |
打ち上げ時重量 | 6,860 kg |
乗員 | |
乗員数 | 2 |
乗員 | ウラジーミル・コワリョーノク ワレリー・リューミン |
コールサイン | Фотон (Foton -「光子」 |
任務開始 | |
打ち上げ日 | 1977年10月9日 1977, 02:40:35(UTC) |
ロケット | ソユーズU |
打上げ場所 | バイコヌール宇宙基地 ガガーリン発射台[1] |
任務終了 | |
着陸日 | 1977年10月11日 03:25:20(UTC) |
着陸地点 | アスタナ北西185km |
軌道特性 | |
参照座標 | 地球周回軌道 |
体制 | 低軌道 |
近点高度 | 198.5 km |
遠点高度 | 258.1 km |
傾斜角 | 51.66° |
軌道周期 | 88.66分 |
閉じる
この失敗は、宇宙飛行の際には乗組員の少なくとも1人が経験者でなければならないとするルールの制定に繋がった[3]。