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ガリ地区
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ガリ地区(ガリちく)は中華人民共和国チベット自治区に位置する地区のひとつ。自治区の西部を占める。ガリー(མངའ་རིས་ mnga' ris)はチベット高原西部地域を指す歴史的地域名。日本語ではチベット語に基づく「ガリ地区」、「ンガリ」、漢字表記「阿里」からの重訳の「アリ地区」という表記が見られる。英語表記では Ngari。
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平均海抜4,500m。政治経済上の中心都市は、獅泉河鎮。
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地理

西蔵自治区の西部に位置する。南はインドのヒマーチャル・プラデーシュ州、シガツェ市、東はナチュ地区、北は新疆ウイグル自治区、西はインド、パキスタン間で係争中のカシミール地方と接する。インドとの帰属問題を抱えるアクサイチンを含む。 南部のブラン県にはいくつもの宗教の聖地とされるカイラス山や、ラークシャスタール湖とマーナサローワル湖という2つの大きな湖がある。
- グゲ遺跡
都市
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歴史
ガリ地区にはシャンシュン王国(象雄、小羊同)という国があり、ボン教が栄えていた。7世紀に中央チベットで栄えた吐蕃を支配する一族も、この地区出身だったと言われている。シャンシュン王国は7世紀半ばに吐蕃に滅ぼされた。10世紀には吐蕃から分かれたグゲ王国が仏教国として栄えた[1]。
行政区画
要約
視点
本地区には、以下の7県(ゾン)がある。
- ツァンダ県には、10世紀にグゲ王国の仏教都市のツァパランがあったが、17世紀にラダック王国に滅ぼされた。かつてトーリン(托林)と呼ばれていたが、1956年にツァパラン(札布譲)とダバ(達巴)が合併して札達となった[2]。中心都市トーリン(托林)には、町の北側をランチェン・ツァンポ(朗欽蔵布河)が流れ、古刹の托林寺の他、グゲ王国の遺跡が数多く残る。
- インド、ネパールの貿易拠点として栄えたが、中印の国境紛争以降は国境が閉ざされたため振るわない[2]。
年表
ド・ガルプン
ガリ・チキャプ
ガリ弁事処
チベット地方ガリ専区
- 1960年1月7日 - ガリ弁事処ガル県・プランゾン・ルトクゾン・ドンパロチャンシカ・ゲギェシカ・ゲルツェシカ・ツァンダゾン弁事処を編入。ガリ専区が成立。(1県2ゾン3シカ1弁事処)
- 1960年5月 - ツァンダ・ゾン弁事処が県制施行し、ツァンダ県となる。(2県2ゾン3シカ)
- 1960年8月 - ゲギェ・シカが県制施行し、ゲギェ県となる。(3県2ゾン2シカ)
- 1960年10月 (6県1ゾン)
- 1961年3月 - ルトク・ゾンが県制施行し、ルトク県となる。(7県)
- 1962年11月22日 - ドンパ県がシガツェ専区に編入。(6県)
- 1965年8月23日 - チベット自治区の成立により、チベット自治区シガツェ専区となる。
チベット自治区ガリ地区
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交通
脚注
参考文献
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