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プロゲステロン受容体に作用する薬剤 ウィキペディアから
選択的プロゲステロン受容体修飾薬(Selective progesterone receptor modulator;SPRM)とは、プロゲステロンなどの黄体ホルモンの生物学的標的であるプロゲステロン受容体に作用する薬剤のことである。このような物質が完全な受容体作動薬(例:プロゲステロン、プロゲスチン)や完全な遮断薬(例:アグレプリストン)と異なる特徴は、その作用が組織ごとに異なることである。このように作用が混在しているため、組織特異的に刺激や抑制を受けることになり、合成PR調節剤[1]候補の開発から望ましくない副作用を切り離せる可能性が高まっている[1]。
選択的プロゲステロン受容体修飾薬 | |
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Drug class | |
クラス識別子 | |
略称 | SPRM |
効用 | Emergency contraception, uterine fibroids |
ATC code | G03XB |
生物学的ターゲット | Progesterone receptor |
Chemical class | Steroidal |
In Wikidata |
プロゲステロン受容体(PR)は、リガンド依存性核内受容体ファミリーに属するタンパク質である[2]。PRには、AとBという2つの主要なアイソフォームと、あまり一般的ではない幾つかのスプライスバリアントが同定されており、これらはすべて同じ8エクソンの遺伝子によってコードされている[3][4][5][6]。他のステロイド核内受容体と同様に、完全長のタンパク質(アイソフォームB)は、4つの機能領域に分けられる。即ち、可変N末端領域に続いて、高度に保存されたDNA結合ドメイン、可変ヒンジ領域、中程度に保存されたリガンド結合ドメインである[3][4]。AF2ドメインと呼ばれるリガンド結合部位は、エクソン4~8で発現しており、253アミノ酸に相当し、その構造はSPRMの開発においては重要な関心事項である[7]。AF2ドメインは、10個のαへリックス(H1, H3~H12)が4枚のβシートと絡み合って3層の束状構造を形成している。H12は、ヘリックス10と11からなる凝縮した連続ユニットで、補助活性化因子の結合過程に関与していることが示唆されている[8]。PRのリガンド結合ドメインは、2つの異なる立体配座の間で平衡を保っている。一つ目は、作動的な構造で、補助活性化因子タンパク質の結合を促し、その結果、遺伝子の転写が促進される。もう一つは遮断的な構造で、これは逆に補助抑制因子の結合を促し、結果的に遺伝子発現を抑制する[8]。プロゲステロンのような完全作動薬は、すべての組織で作動薬としての特性を示し、立体配座の均衡を作動型の方向に強くシフトさせる[8]。逆に、アグレプリストンのような完全遮断薬は、遮断型の方向に平衡を強くシフトさせる。最後に、補助活性化因子と補助抑制因子の濃度の全体的な比率は、細胞の種類によって異なる可能性がある[8]。
2000年に入ってから、プロゲステロンの活性は転写因子だけでなく、膜結合型のGタンパク質共役受容体(7TMPR)によっても媒介されることが明らかになった。この受容体が活性化されると、アデニル酸シクラーゼが阻害され、細胞内のセカンドメッセンジャーであるcAMPの生合成が減少する[7]。
1990年代以降、女性の生殖器系において、2つの主要な受容体アイソマーであるAとBが機能的に異なることが明らかになってきた。この2つのアイソマーの発現プロファイルを調べたところ、月経周期を通じて異なる時期に異なる組織で発現していることが判明した[9]。PR-Bは、卵胞期には卵巣支質と腺上皮で発現が増加し、黄体期には両組織で発現が減少することがわかっている。一方、PR-Aは、卵胞期には両組織で発現が増加し、黄体期後期には間質組織で持続している[9]。これまでの研究で、PR-Bの活性化は乳腺の成長・発達に重要であるのに対し、PR-Aは正常な生殖機能や排卵に重要な役割を果たしていることが判っている。また、in vitro の研究では、同一の条件下で、PR-Bはレポーター遺伝子のより強い転写活性化因子として働き、PR-AはPR-Bや他のステロイド受容体を転写抑制することが明らかになっている[7]。このように異性体間で機能が異なるのには、さまざまな理由が考えられる[10]。まず、PR-Aは、PR-Bに比べてN末端のアミノ酸が164個不足しており、上流セグメントの欠損によりAF-3の活性化機能が奪われ、2つの活性化機能しか持たないことが挙げられる[11]。また、機序の研究では、異性体間で補酵素の会合に違いがあることが判明している。このような機能的な違いに着目し、SPRMの開発では、受容体の片方のアイソフォームを選択的に標的とする薬剤が模索されている[7][10][11]。
リガンドとPRの間には、リガンドの結合に重要な特定の相互作用があることが記載されている。受容体に結合したプロゲステロンの結晶学的研究により、プロゲステロンの電子吸引性3-ケト基と、構造的水分子によって位置が保持されているヘリックス-3のGln-725およびヘリックス-5のArg-766残基との間に、重要な水素結合相互作用があることが明らかになった[10]。この相互作用は、他のさまざまなリガンド、例えばミフェプリストン、タナプロゲト、アソプリスニルなどとの相互作用にも存在することが示されており、作動薬と遮断薬の両方の機能に不可欠な相互作用であると考えられる[12]。さらに、プロゲステロンとタナプロゲトは、ヘリックス-3のAsn-719と水素結合することが判っており、より高い選択性と親和性が得られる可能性があるが、SPRMのアソプリスニルはこの残基とは相互作用しないことが判明している[10]。極性残基Thr-894は、プロゲステロンのC20-カルボニル基に近接しているにも拘わらず、これらの化学基の間には水素結合が形成されていない。Thr-894が他のリガンドと相互作用することが判っている点は重要である[10][12]。
さまざまな研究により、17αポケットと呼ばれる疎水性ポケットの存在が報告されている。このポケットは、Leu-715、Leu-718、Phe-794、Leu-797、Met-801、Tyr-890から構成されており、作動薬、遮断薬を問わず、リガンドを拡張する余地があると考えられている。17αポケット、ヘリックス-5のMet-756、Met-759、Met-909は、さまざまなリガンドに対応する驚くべき柔軟性を示しており、プロゲステロン受容体は結合に関して非常に適応的である[10]。作動作用と遮断作用に寄与するヘリックス-12の構造変化を比較した研究では、ヘリックス-3のGlu-723残基との重要な水素相互作用が示された。不活性状態では、Glu-723はMet-908およびMet-909の主鎖アミンと水素結合を形成し、ヘリックス-12の立体配座を安定化させる[10][12]。アソプリスニルのオキシム基が作動薬結合ポケットと相互作用するなど、リガンドが作動効果を発揮すると、前述したヘリックス-12の残基とヘリックス-3の残基の間の水素結合の相互作用が強まり、ドッキングして補助活性化因子が引き寄せられる。しかし、ミフェプリストンなどの遮断薬がこの水素結合システムと相互作用すると、そのジメチルアミン基がMet-909に衝突してヘリックス-12を不安定にし、構造変化を引き起こし、補助抑制因子を引き寄せる結果となる[10][12]。
SPRMがプロゲステロン受容体(PR)に結合すると、2つの構造状態の均衡がより緊密に保たれるため、細胞環境の違いによって揺れ動きやすくなる。補助抑制因子よりも補助活性化因子の濃度が高い組織では、過剰な補助活性化因子が作動方向に平衡を誘導する。逆に、補助抑制因子の濃度が高い組織では、遮断方向に平衡が進む[13][14]。従って、SPRMは、補助活性化因子が優勢な組織では作動活性を示し、補助抑制因子が過剰な組織では遮断活性を示す。
PRは他のステロイド受容体と同様に、不活性時には受容体自身、熱ショックタンパク質(hsp70、hsp90)、イムノフィリンからなる複合体を形成している[15][16]。ホルモンがリガンド結合ポケットに結合することにより活性化されると、受容体複合体は解離し、核内に取り込まれ、受容体は二量体化するという性質を持つことが示されている。核内では、二量体がDNA上のプロゲステロンホルモン応答因子と相互作用し、遺伝子の発現を上昇または下降させる[17][18][19][20]。さまざまな研究により、受容体の異性体に応じて最大100種類の遺伝子の発現に影響を与えることが明らかにされている[10]。作動薬の作用では、構造変化が起こり、αヘリックス-3、-4、-12が、受容体と基本転写因子との間の橋渡し役である補助活性化因子タンパク質の会合面を形成する[21][22]。しかし遮断薬は、αヘリックス-12がヘリックス-3および-4に対して適切に一体化するのを妨げ、受容体が補助活性化因子と相互作用する能力を低下させ、SMRTやNCoRなどの補助抑制因子の結合を可能にする[23]。作動薬との結合時に補助抑制因子が殆ど働かないことから、Liuら(2002)は、補助活性化因子と補助抑制因子の働きの比率が、化合物が作動薬、遮断薬、あるいは作動薬/遮断薬混合物と見做されるか否かを決定するのではないかと推測している[24]。選択的プロゲステロン受容体修飾薬は、作動薬と遮断薬の混合活性を持つ薬剤として記述されており、従って、作用のメカニズムはこれらの機能のバランスに起因するものであると考えられる。
主に抗黄体ホルモン作用と抗糖質コルチコイド作用の比を改善することに焦点を当てたミフェプリストン類似体の研究は[1][25]、SPRMの発見に繋がった[26]。プロゲステロン受容体(PR)や糖質コルチコイド受容体(GR)への結合には,D環上の17-αプロピニル基やその近傍の修飾が重要な役割を果たす[25][26][27]。17-α領域のわずかな変化により、抗糖質コルチコイド活性が低下した抗プロゲスチンが生成される(αはステロイドの絶対的な立体配置を意味する)[25][26][27][28][29][30]。17-αエチルや17-α(1'-ペンチニル)のような疎水性の17-α置換基は、ミフェプリストンよりも優れた抗黄体ホルモン活性をもたらすようである[27]。また、17α位にFやCF3などの電子吸引性の小さい置換基をパラ位に持つフェニル基を据え置くと、糖質コルチコイド受容体に対する選択性が大きく向上し、得られる化合物の効力も大きくなることが判った。オルト位やメタ位に同じ置換基があると,選択性が低下することも明らかになった。この領域にtert-ブチル基のような嵩高い置換基があると、プロゲステロン性の効力が低下する[29]。
入手可能な生物学的データおよびX線データから、C11位の4-(ジメチルアミノ)フェニル基の置換が作動薬活性と遮断薬活性の程度を決定することが示唆されている[25][26]。メチル基やビニル基のような小さな置換基は強力なPR作動作用をもたらすが[26]、置換されたフェニル誘導体はさまざまな程度の遮断作用をもたらす[26][27][28]。さまざまな窒素複素環で置換された場合、アリール環[31]のメタ原子とパラ原子の領域で負の電位が明確に最大となる化合物が最も作動薬的であり、この領域に電気陰性度の中心がない化合物が最も遮断薬的な活性を持つことが示唆されている[10][31]。
コアとなるステロイド構造の変更は、プロゲステロン受容体への結合様式に影響を与える[29][32]。C7の酸素原子による置換が検討されており、これらのミフェプリストン様オキサステロイドはPRに高い選択性を示したが、ミフェプリストンよりも作用が弱い[29][33]。
非ステロイド系のユニークな構造を持つプロゲステロン受容体修飾薬は、現在、開発の初期段階にある。PRの遮断薬としてはさまざまな種類のものが報告されており、下表に示すような顕著な構造の多様性を示している。また、さまざまなリード化合物が新しいプロゲステロン受容体アゴニストとして同定されている[10]。
遮断薬 | |||||
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作動薬 |
以下のものなどがある。
SPRMは、避妊や緊急避妊、子宮内膜症や子宮筋腫の治療、閉経後の女性におけるホルモン補充療法など、婦人科領域におけるさまざまな用途が提案されている[35]。SPRMの活性は、主にプロゲステロン受容体を介しており、子宮内膜が主な標的組織となっている。従来のプロゲステロン遮断薬とは対照的に、SPRMは遮断薬/作動薬の混合活性により、妊娠を終了させる能力を排除している。SPRMはエストロゲン受容体への親和性が低いため、閉経後の骨量減少を誘発しないと考えられている[9]。SPRMの使用は子宮内膜化生と関連しており、長期的な安全性評価が必要であるとされている[9]。
Compound | Chemical structure |
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ウリプリスタル酢酸エステル | |
アソプリスニル | |
酢酸テラプリストン |
ウリプリスタル酢酸エステル[36]は、11-βアリール置換型のSPRMで、2009年に欧州で緊急避妊薬として発売され、2010年にFDAから承認された[37]。また、北米および欧州では子宮平滑筋腫の治療薬としても販売されている。緊急避妊薬として、現行の緊急避妊薬の72時間の効力に比べ、無防備な性交後120時間まで効力を発揮することが示されている[35]。また、閉経後の子宮内膜において、プロゲステロン受容体に拮抗する作用があるとされており、更年期障害の治療に使用される可能性があるが、現時点では確認されていない[9]
アソプリスニルは、ステロイド系の11β-ベンズアルドキシム置換SPRMである[38]。そのオキシム基の形状がin vitro での効力に大きく関与していることが示唆されている[10]。本剤は、平滑筋腫および子宮内膜症の治療薬として提案されており[39]、子宮内膜症治療薬として臨床開発が進められているSPRMの中で、初めて先進的な段階に到達した薬剤であった[40]。
酢酸テラプリストンは、2014年に子宮筋腫の治療を目的とした第II相臨床試験を実施し[41][42]、子宮内膜症の症状緩和を目的とした第2相臨床試験も実施されていた[43][44][45]。また、化学的予防効果も示唆されている[46]。
SPRMは子宮筋腫の治療に有効であったが、子宮内膜肥厚などの副作用が発現したため、投与期間が3~4ヶ月以内に制限されている[47]。
1930年代半ばにプロゲステロンホルモンが発見されて以来[48][49]、特に1970年にその受容体が発見されてからは[50][51]、治療用の遮断薬の開発に大きな関心が寄せられてきた。プロゲスチンとして知られるさまざまなプロゲステロン類似体が合成され、1981年には最初のプロゲステロン受容体遮断薬、ミフェプリストンが発売された[52][53]。しかし、ミフェプリストンはプロゲステロン受容体に比べて糖質コルチコイド受容体への結合親和性が比較的高いため、臨床的には限界があり、副作用のリスクを最小限に抑えるために、より選択性の高いプロゲステロン拮抗薬が求められていた[53][54][55]。その結果、選択的プロゲステロン受容体修飾薬(SPRM)と呼ばれる薬剤が開発された。SPRMは、他のステロイド受容体との相互作用を最小限に抑えながら、組織特異的にプロゲステロン受容体に対して作動薬効果と遮断薬効果を混合して作用する薬剤とされている[56][57]。プロゲステロン遮断薬とは対照的に、混合型の作動薬/遮断薬であるSPRMは、その固有のプロゲステロン遮断薬活性により、妊娠終結効果がないかまたは最小限の効果しかなく、従って、妊娠の可能性を排除することなく婦人科疾患を治療するのに理想的な薬剤である[9]。ステロイド系[58]および非ステロイド系[59]のSPRMが報告されており、最も注目すべき例は、2008年に第3相臨床試験に失敗したアソプリスニルと[38][60]、最初に市販されたSPRMである酢酸ウリプリスタルである[61][62]。
ミフェプリストンは、その抗糖質コルチコイド活性により、クッシング症候群、アルツハイマー病、精神病などの治療薬としての可能性が検討されている。また、SPRMは、エストロゲンフリーの避妊薬、子宮筋腫、子宮内膜症など、さまざまな婦人科領域の用途で開発されている[63]。
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