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ステファニー・ケルトンによる新表券主義としても知られる経済理論 ウィキペディアから
現代貨幣理論(げんだいかへいりろん、英語: Modern Monetary Theory, Modern Money Theory、略称:MMT[1])とは、ケインズ経済学・ポスト・ケインズ派経済学の流れを汲む理論の一つである[2][3][4][5]。
変動相場制で自国通貨を有している国家の政府は通貨発行で支出可能なため、税収や自国通貨建ての政府債務ではなく、インフレーションを尊重した供給制約に基づく財政規律が必要であるという主張をしている[6]。MMTはその名の通り現代の貨幣についての理論が支柱となっている。管理通貨制度に伴う政府の通貨発行権に焦点を当て、政府が法定通貨での納税義務を家計や企業に課すことによって、法定通貨に納税手段として基盤的な価値が付与されて流通するという表券主義が基軸である[7]。
さらに主権通貨国の財政政策について、完全雇用の達成・格差の是正・適正な物価上昇率の維持等、財政の均衡ではなく経済の均衡[* 1]を目的として実行すべきであると主張している。そしてインフレーションの抑制は、ビルト・イン・スタビライザーを中心に、政府の支出抑制および増税で対処できるとしている[8]。
MMTは新古典派経済学の枠組みで構築されている主流派経済学と対立しているため、政策的効果やリスクについては論争となっており、活発な議論がなされている[9]。
MMTの特に大きな特徴は、貨幣の起源や制度に焦点を当て、管理通貨制度の下で政府が独自に法定通貨を発行している国家を前提としている点である。
政府に通貨発行権があれば、通貨発行で支出ができる。政府が通貨発行で支出できるのだから、政府が自国通貨財源の不足や枯渇に直面することはありえない。さらに財源のために徴税が必要という理屈も成立しない。MMTは税の役割を財源として捉えておらず、これは主流派経済学の見方に挑戦するものである[10][11][9]。MMTにおける税の役割は、法定通貨による納税義務を国民や企業に課すことで、法定通貨の基盤的な通用力と流動性を確保し、さらに経済や富の分配の調整弁としてインフレや格差を調整する手段である[12]。つまり税の役割は財源調達の手段ではなく、通貨の徴収と消却を通じたマクロ経済政策の一つである。
また自国通貨建てであれば、政府債務がどれだけ増加しても、政府は通貨発行で当該債務の償還が可能なため債務不履行(デフォルト)には陥らない。この構造によって政府債務の償還能力に対する市場の信認も磐石なため、政府債務の拡大が信用リスクの拡大や通貨の信認の失墜につながることもない。したがって、通貨発行で支出できる政府は、自国通貨建て財政収支の均衡や黒字を政策目標にしたり、支出の際の財源を問題にする必要がない。政府は税収や債務残高に制約されずに、通貨発行を使った財政拡大や減税が可能である。
一方、自国通貨建てである限り、政府支出が税収や債務残高に制約されないからといって、政府が財政規律なく財政政策をすることや無税国家が可能になるわけではない。政府が国民経済における財やサービスの供給能力を無視して、通貨発行権を使った野放図な積極財政を行えば、供給に対して需要が無秩序に拡大し、インフレが加速していく。財政規律の基準は国民経済の有効需要に対する供給能力である。政府が財政支出の拡大や減税が可能なのは、需要と供給のバランスが適切に保たれインフレ率が高まりすぎない範囲であるというのが、MMTの理屈である[13]。インフレ率が低い状況であるほど積極財政の余地は大きくなり、インフレ率が高まるほど積極財政の余地は狭まる。したがって、主権通貨国における適切な財政は、常に税収や政府債務の大きさではなく、足元の国民経済の状態で決まる。
MMTは、自国通貨を発行することができる政府について主に以下のように説明する。
上記の見解のうち、信用創造とインフレの動きにおいて主流派経済学と対立しているわけではない。例えば、連邦準備制度(FRB)第13代議長アラン・グリーンスパンは、「アメリカ合衆国はいかなる負債も支出することができる。なぜなら我々は常に通貨を発行することができるからだ。従って、デフォルトになる確率はゼロだ。」と述べている[14]。しかし、MMT論者は金利の影響力に関して主流派経済学の見方には同意しない[15][16][17][18][19]。
MMTの理論的バックグラウンドは次の5つにまとめられる[20]。
また、MMTは以下のような事実解釈に基づいている[21]。
これまでの主流な経済理論では、「政府の財政赤字が累積して政府債務が増大していけば、通貨の信認が失墜することによる通貨暴落や、クラウディングアウトと国債の信用リスク増大による金利上昇が発生し、それに伴う高インフレを招く」という見解が主流だった。そのため「国債発行の増大や政府債務の拡大は望ましくなく、基本的に税収の範囲で支出を行うべきだ」という均衡財政が主張されてきた。他方、MMTではこれを「法定通貨の発行権がない家計の制約と法定通貨を発行している国家の財政制約を混同している」と批判し、「財政赤字・政府債務の拡大が自国通貨建てである限り、主流派経済学者が主張する信用リスクや通貨の信認の問題は発生せず、有効需要が増大した場合にインフレ圧力がかかるのみ」という論拠で「政府は足元の国民経済を健全にするための財政運営に専念すべきで、財政赤字や政府債務の増大をまったく懸念する必要はない」と主張している[22]。
MMT論者が主張する政府債務とインフレ率の関係については、MMTが登場する以前にも類似する主張は見られた。ジョン・F・ケネディ大統領の下で大統領経済諮問委員会委員を務めたジェームズ・トービンは回顧録の中で、ケネディに政府債務の大きさについて経済的な上限を問われた際に「唯一の制約はインフレである」と返答し、ケネディもそれに同意したと記している[23][24]。
MMTでは不換貨幣を通貨単位として用いることによる過程と結果とを特に分析した理論となっている。ここでいう不換貨幣とは、例えば政府発行紙幣が挙げられる。すなわち、「貨幣的主権を持つ政府は貨幣の独占的な供給者であり、物理的な形であれ非物理的な形であれ任意の貨幣単位で貨幣の発行を行うことができる。そのため政府は将来の支払いに対して制限的な支払い能力を有しており、さらに非制限的に他部門に資金を提供する能力を持っている。そのため、政府の債務超過による破綻は起こりえない。換言すれば、政府は常に支払うことが可能なのである」とする[25]。
MMTは政府によって作られた不換貨幣が自国通貨として使われているような近代経済を扱う。国家が主権を有する貨幣システムにおいては、中央銀行は通貨を発行することができるが、貨幣発行のような水平的な取引は資産と負債とで相殺されるためネットの金融資産を増やすわけではない。政府のバランスシートにおいてあらゆる政府発行の貨幣性商品は資産として計上されない。政府自らは貨幣を所有しないのである。あらゆる政府発行の貨幣性商品は負債として計上される。政府支出によりこのような貨幣性商品は作られ、課税・国債発行によりこのような貨幣性商品は消えていく[25] 。
赤字支出に加えて、株価の上昇などによる評価効果もネットの金融資産を増加させうる。MMTではVertical moneyは政府支出を通じて還流の過程に入るとする。法定不換貨幣に課税することは「強制力を持つ民間の納税義務」という形で貨幣そのものに対する総需要を創出し、法定不換貨幣の流通を促す。加えて、罰金、各種料金、ライセンスも貨幣への需要を創出する。[26][27]。政府は政府自身の意志に基づいて(独自)通貨を発行することができるため、MMTは政府支出(政府の赤字支出もしくは黒字予算)に関連する課税水準は政府が政府活動の資金を集めるための手段ではなく、実際には政策手段であり、これに「公的な雇用提供プログラム(Job guarantee program)」など他の様々な政策をあわせることによりインフレーションを調整し、非自発的失業をなくすことができると主張する。
MMTに影響を与えた先行理論には、ゲオルク・フリードリヒ・クナップの表券主義、アルフレッド・ミッチェル=イネスの信用貨幣論、ラーナーの機能的財政論、ミンスキーの銀行システム論(金融不安定性論)[28]、ウェイン・ゴドリー (Wynne Godley) の部門バランス論 (Sectoral balances) などがあり、MMTはこうしたアプローチを統合した理論である[17]。
表券主義 (chartalism) は、貨幣の本質を国家による貨幣の制定と見なす学説であり、国家貨幣説とも呼ばれ[29]、クナップによって提唱された。クナップは『貨幣国定説』(1905年) で、貨幣はコモディティ(実物貨幣)というよりも法による創造物であると論じた[30][* 2]。クナップによれば、当時の金本位制とは、通貨単位の価値がその通貨が含むまたは交換される貴金属の量に依存する考え方であるとして、これを金属主義と呼んだ。これに対してクナップは、国家は純粋な紙幣を創造することができ、国家による貨幣が公共支出機関によって受け入れられているという限りにおいて、紙幣を法定通貨と認識することで商品と交換可能にすることができるとするとする表券主義を論じた[30]。経済における国家の役割に関するクナップの思想は、ケインズおよびケインジアンに影響を与えた[32][* 3]。L.ランダル・レイやマシュー・フォースター(Mathew Forstater)らMMTを主張する経済学者は、クナップの他に、アダム・スミス、ジャン=バティスト・セイ、J.S.ミル、カール・マルクス、ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズなど初期の古典派経済学における課税主導の紙としての通貨という表券主義的な観方をさらに一般化したとも主張する[32][34]。
レイ以外のMMTを主張する経済学者、ウォーレン・モズラー (Warren Mosler), ステファニー・ケルトン、ビル・ミッチェル[* 4]、MMTの数学的フレームワークを行ったパブリナ・R・チェネーバ (Pavlina R. Tcherneva) [* 5]らも信用創造(Money Creation)の仕組みの研究をすすめ、こうしてMMTによって表券主義思想が復興し、レイはこれを新表券主義 (Neo-Chartalism)と称した[36]。
MMTに大きな影響を与えた別の理論としては、アルフレッド・ミッチェル=イネスの信用貨幣論がある。ミッチェル=イネスは、貨幣は交換の媒介としてではなく、政府による課税を通じた繰延支払の基準 (standard of deferred payment) として存在しているとし、政府の資金は課税によって回収できる負債であると論じた[37][* 6]
このほか、MMTに影響を与えた経済学者としては、貨幣価値が金と密接に関連しているという考えを放棄すべきだとした上でインフレやデフレ対策を回避してきた責任は貨幣を発行したり課税する能力のある国家にあると主張したラーナー[38]、金融不安定性仮説を提唱して信用創造を表券主義的に理解したミンスキーなどがいる[28]。
MMTおよび表券主義的思想を支持ないしそれに近い研究をしている研究者には、銀行と金融システムの詳細なテクニカル分析を行ったスコット・フルワイラー[39]、ジョン・ケネス・ガルブレイスの息子ジェームズ・ケネス・ガルブレイス[* 7]、銀行貨幣と国家貨幣との違いを一覧表にしたバジル・ムーア[41]、スティーブン・ヘイル[42][43]、著書『フリーマネー』で表券主義のエッセンスを平易に説明したロジャー・マルコム・ミッチェルなどがいる[44]。
2019年2月には、ビル・ミッチェル、ランダル・レイ、マーティン・ワッツらによる初のMMTをベースとした経済学の教科書『マクロ経済学』が出版された[45][9]。
ポスト・ケインズ派経済学において、ランダル・レイのように表券主義を称するMMT支持者は、表券主義が貨幣循環理論(Monetary circuit theory)に代わるまたはそれを補足する理論とする一方で、両理論とも内生的貨幣供給論(endogenous money)としての体勢をとっているとする。すなわち、貨幣は、金のように経済外部からではなく、財政支出や銀行融資などによって経済内部において創造されるとする。このような補足的な見方からは、循環理論が(民間と民間の)水平的な相互作用のモデルであるのに対して、表券主義は(政府から民間への、またはその逆の)垂直の相互作用を説明する理論とされる[46][47]。
一般均衡を前提とし、第二次世界大戦後に主流となったケインジアンや、新古典派のミクロ経済学の理論を基礎にし、1980年代に登場して主流派経済学として認知されたニュー・ケインジアンとは異なり、ケインズの貨幣概念(信用貨幣論)に従い、不確実性を問題の中心に据えて経済を論じてきたポスト・ケインズ派経済学は、独特の理論的発展が進められてきた。
ポスト・ケインズ派経済学の中には、金融不安定性仮説を提唱したハイマン・ミンスキーやその弟子のL・ランダル・レイも含まれる。レイは、国定信用貨幣論を基礎に、ケインズのマクロ経済学とラーナーの機能的財政論を統合し、MMTを提唱した。
MMTでは、自国通貨による課税が自国通貨の特権的な需要を生み出すという意味で「税が通貨を駆動する」と主張している[49]。一般的に税は政府支出の財源のためにあると信じられているが、通貨発行権を有する政府は財源のための租税を必要としない。それどころか論理は逆になり、納税者が税を支払うためには政府が財政政策で実体経済に通貨を供給し、納税者が当該通貨を稼がなければならない。政府が最初に支出し、税の支払いが後になるのが論理的な順序である[50]。したがって、税の役割は財源ではなく、政府が経済に供給した通貨の一部を回収して経済バランスを調整する手段であり、徴収した税はその時点で役割が終了していることになる。
ランダル・レイは税の役割として以下の4つを挙げている。
MMTは通貨発行による支出に焦点を当てているため、しばしば「無税国家が可能になるのではないか」という疑問をぶつけられる。しかし仮に無税国家を実現しようとした場合には、税による上記の機能が失われるため、MMTは無税国家を肯定していない。
MMT論者は国債の保有者が外国の主体か否かに関わらず、自国通貨建ての国債である限り、政府が財政破綻することはありえないと主張する。これは政府に自国通貨の発行権があるためである(ただし、国債保有者が国債を売って通貨売りを大規模に行うことで為替レートに影響を与える可能性はある)[51]。
MMT論者が財政リスクにおいて主流派経済学の見解に同意する点は、国債が外貨建てである場合である。政府には外貨の発行権がないため、外貨建て債務が過大になった場合は債務返済の財源である外貨が不足して、債務の持続性が損なわれる。もし外貨建ての国債が大きく増加して、債務の持続可能性に対する市場の信認が揺らぐことで、国債金利の上昇が進んだり自国通貨の為替レートが下落すれば、国債の返済負担が高まる。それがさらなる通貨安と国債金利の上昇を誘発し、国債の返済負担が悪循環のスパイラルで増加すると共に、輸入物価の高騰が原因のインフレーションが発生し経済が破壊される。その場合、政府は輸入抑制や輸出拡大の戦略にシフトして、経常収支の赤字縮小や黒字拡大を図る共に、自国通貨の需要を高めるために金利を引き上げて為替レートの下落を防ぎ、外貨獲得能力を高める必要が生じる。それでも債務返済の財源である外貨を十分に獲得できなければ、デフォルトに陥ることになる。
日本国内の政財界や学術界、大手メディアなどは、MMTの認知が日本で広がりを見せた現在でも、おおむね財政再建・財政健全化のためにプライマリーバランスを均衡させることや円建て国債の残高を削減することが必要であると主張している。また、MMTを紹介・批評する場合でもMMTに対して否定的な論調であることが多い[52][53][54][55][56][57][58][59]。
MMTは中長期的な財政赤字の拡大を容認し、政府の円建て債務がどれだけ増大しても信用リスクによる経済財政の悪化はありえず、財政支出(通貨発行)と徴税の調整による総需要管理を行えば問題がないとするものである。これは、財政赤字や政府債務残高の拡大を不健全と見なし、歳出抑制や増税等の緊縮財政政策を通じて、いわゆる「国の借金」を削減したり財政収支を均衡化あるいは黒字化することが必要であるとする、国内の通俗的な一般常識や政府方針と決定的に対立する[60][61][62]。また支出の拡大を伴う政策について、政府支出が税収に制約されるという前提での、増税や予算の付け替えなど財源論の議論や論難が無意味だったり不要であることを示すものである。
このように、MMTはこれまでの経済財政運営の考え方の軸であった、円建て政府債務の増大が将来の国家財政を圧迫するという通説や、均衡財政や財政黒字の状態をあるべき姿としている財政の常識を根本から覆し、全否定する内容である。そのため、MMTが経済論壇で大きな波紋を呼び、メディアや国会等で頻繁に取り上げられることで、MMT支持派と不支持派による批判合戦のような状況が展開されている[63]。
自民党の安藤裕 (政治家)前衆議院議員が中心となって立ち上げた自民党の議員連盟である「日本の未来を考える勉強会」が、中野剛志、藤井聡、三橋貴明、青木泰樹、森永康平等、MMTを支持、若しくは、MMTと考えの近い、有識者を講師とした勉強会を行っており、それを元にした内閣への政策提言や記者会見等を行っている[64][65]。
2019年(令和元年)7月16日にはステファニー・ケルトン、同年11月7日にはビル・ミッチェルが来日し、京都大学レジリエンス実践ユニットの主催するMMT国際シンポジウムで講演をした[66][67][68]。
2022年3月8日、参院予算委員会は、審議中の令和4年度予算案に関する中央公聴会を開き、その中で東京財団政策研究所の森信茂樹研究主幹は、物価が大きく上昇しない限り財政赤字が拡大しても問題ないとする「現代貨幣理論」(MMT)を否定した[69]。森信茂樹は過度の財政拡張は「果てしなく無駄な支出」を招くと指摘。MMTが提唱する物価上昇を抑えるための増税や歳出削減も、政府が柔軟に実施することは難しく「実現性が低い」とした。
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