Loading AI tools
イタリアの軽偵察艦、後にルーマニアの駆逐艦 ウィキペディアから
スパルヴィエロ(イタリア語: Sparviero)は、イタリア王国海軍のアクイラ級軽偵察艦の2番艦。ルーマニア王国海軍駆逐艦ヴィジェリェ(ルーマニア語: Vijelie)としてナポリで建造中のものを、第一次世界大戦参戦に伴って同級3隻と共にイタリアが取得し、軽偵察艦として竣工させた。戦後、ルーマニアが購入しマラシュティ級駆逐艦マラシュティ(ルーマニア語: Mărăşti)と命名、第二次世界大戦で運用した。1944年にソビエト連邦海軍に鹵獲され、ローフキィ(ロシア語: Ловкий)とされたが1945年にルーマニアへ返還されD1として再就役、1952年にD11と改名、1961年4月まで運用された。
1913年、ナポリのパティソン造船所に発注、1914年1月29日に起工、建造進捗度50%であった1915年6月5日にイタリアによって接収された[1]。接収後1917年3月25日に進水、7月15日に就役した[1]。第一次世界大戦では、アドリア海で運用された[2]。
1919年11月17日、ルーマニアによって購入が決定された[3]。1920年7月1日、ニッビオと共にルーマニア海軍籍となり、マラシュティと改名された[1]。
1925年から翌年にかけて改装が行われ、主砲が152mm砲3門から120mm砲5門に交換され、76mm砲2門を減じた[4][5]。さらに第二次世界大戦期には主砲を1門減じ、76mm砲2門を降ろし、37mm対空砲4門、20mm対空砲4門、13.2mm連装機銃2基4門、爆雷投射装置を備えた[5]。
1944年8月、ソビエト連邦海軍に鹵獲されローフキィと改名[4]。1945年10月にルーマニアへ返還され、1948年にはD1、1952年にD11と改名されたマラシュティは、1961年4月まで運用された[3]。1963年に除籍、翌1964年に解体[6]。
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.
Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.