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カーリダーサ(サンスクリット: कालिदास)は4世紀から5世紀にかけて活躍したインドの作家。サンスクリット文学において最も偉大な詩人、劇作家と考えられている。
カーリダーサ | |
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メーガ・ドゥータを書くカーリダーサ | |
誕生 | 4世紀か5世紀 |
死没 |
4世紀か5世紀 グプタ朝、ウッジャイン付近 |
職業 | 劇作家、詩人 |
ジャンル | サンスクリット戯曲 |
主題 | 叙事詩、抒情詩、プラーナ |
代表作 | アビジュニャーナシャクンタラー、ラグ・ヴァンシャ、メーガ・ドゥータ、ヴィクラモールヴァシーヤ、クマーラ・サンバヴァ |
ウィキポータル 文学 |
彼の生涯に関する多くは今もなお謎に包まれており、作品より推し量る以外にない[1]。彼の活躍した時期をはっきりと特定することはできないが5世紀の人物ではないかと考えられている[2]。
研究者たちはカーリダーサはヒマラヤかウッジャイン、もしくはカリンガ国に暮らしていたと考えている。これらの推測は彼の作品クマーラ・サンバヴァにおけるヒマラヤの詳細な描写、メーガ・ドゥータに垣間見えるウッジャインへの愛着、ラグ・ヴァンシャに見られるカリンガ国王ヘマーンガダ(Hemāngada)への賛美などが根拠とされている。
ラクシュミー・ダル・カーラ(akshmi Dhar Kalla)の研究以降はカーリダーサはカシミール人[4][5][6]であったとする説も散見される。ラクシュミーによればカーリダーサの作品にはカシミールに暮らすものにしか知りえない情報、すなわち地形の描写、地方の民話、植物や動物が存在する。カーリダーサはその後に南へと移動し、有力者の後援を求めて移動を繰り返したようである。
伝説では、カーリダーサは本来愚鈍であったが、姫である妻の侮蔑的な一言に奮起し偉大な詩人として大成したと語られる[7]。またセイロン島の王クマーラダーサを訪ね、その際になんらかの陰謀により殺されたとする言い伝えも存在する[7]。
カーリダーサの活躍した時代はヴィクラマーディティヤ(Vikramāditya)の治世であったと語られる。このヴィクラマーディティヤという名は、そもそもは紀元前1世紀のウッジャインの王の名であるが、チャンドラグプタ2世(380-415)とスカンダグプタ(455-480)も同様にヴィクラマーディティヤの称号で呼ばれることがある。カーリダーサはチャンドラグプタ2世かスカンダグプタの時代に生きていたと考えられる[8]。紀元前1世紀のヴィクラマーディティヤの時代であったとする説もあるが、一般的には5世紀から6世紀に間に生きた人物だと考えられている[9]。
現在のカルナータカ州にあるアイホール(Aihole)に見つかった634年の石碑に詩人バラヴィと一緒にカーリダーサの名前が刻まれている[10]。またマンドサウルの寺院で見つかった473年の石碑にはカーリダーサの詩を捩ったものと思われる碑文が刻まれており、これがカーリダーサの残した最も早い古文書学上の痕跡となる[11]。広く受け入れられている説では、カーリダーサはチャンドラグプタ2世(380-413)の宮廷詩人だったと考えられている[12]。すなわちチャンドラグプタ2世はヴィクラマディチャの称号を与えられており、また首都をウジャインに遷している[12]。
カーリダーサは3作の戯曲を残しており、中でもアビジュニャーナシャクンタラー(指輪によって思い出されたシャクンタラー)が彼の傑作とされている。これは初めて英語に翻訳されたサンスクリット文学で、その後多くの言語に翻訳された[13]。
多くの学者がカーリダーサの作品に評論を寄せている。特によく研究されたものとして15世紀、ヴィジャヤナガル王国のデーヴァ・ラーヤ2世の治世に記されたマッリナータ・スーリの評論が挙げられる。現存している評論の多くは10世紀の学者ヴァッラバデーヴァ(Vallabhadeva)によるものと考えられている[15]。バーナバッタ、ジャヤデーヴァ、ラージャシェーカラといった著名なサンスクリット文学の詩人たちもカーリダーサに惜しみない賛辞を送っている。また、有名なサンスクリットの詩(Upamā Kālidāsasya...)はカーリダーサの比喩表現の巧みさを詠っている。著名な評論家、アーナンダヴァルダナ(Anandavardhana)はカーリダーサは古今随一のサンスクリットの詩人であると讃えている。
前近代にカーリダーサの作品に寄せられた評論のうち出版されているものはごく一部にすぎない。これらのカーリダーサの作品に寄せられた注釈からは、彼の作品が時代とともに変化してきた様子がうかがえる。それは手書きによるコピーや、おそらくは口承文学としての作品と、文献として記された作品との競合によるものだと考えられる。
カーリダーサのアビジュニャーナシャクンタラーは、ヨーロッパにおいて知られるようになったインド文学作品としては最も初期のものである。この作品は英語に翻訳された後に、英語からドイツ語へと翻訳された。そしてこの作品はたとえばヘルダーやゲーテといったドイツの詩人たちの好奇心を掻き立てた[16]。
カーリダーサはサンスクリット文学、あるいはインド文学に大きな影響を与えてきた[17]。ラビンドラナート・タゴールもその一人であり、タゴールの雨を詠った詩にはメーガ・ドゥータのロマンティシズムを見ることができる。カーリダーサの戯曲は18世紀後半から19世紀前半にはヨーロッパ文学にも影響を与えた[18]。文学界にとどまらず、たとえばカミーユ・クローデルの彫刻、「シャクンタラー」からもカーリダーサの影響をうかがうことができる。
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