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WAR(Wins Above Replacement)とは、セイバーメトリクスによる打撃、走塁、守備、投球を総合的に評価して、選手の貢献度を表す指標である[1]。
WARは、Wins Above Replacementという正式名称が示す通り、「代替可能選手(Replacement)に比べてどれだけ勝利数を上積みしたか」を統計的に推計した指標である[2]。代替可能選手とは、「平均以下(below average)の実力で、容易に獲得できる(easily obtainable)選手」、すなわち3Aから昇格させたり、ウェーバー経由や後日指名選手(PTBNL)で獲得できる控えレベルの選手を指す。トム・タンゴは「FA市場において最低年俸水準で獲得できる選手、またはトレードにおいて最小限の損失で獲得できる選手」と定義している[3]。代替可能レベルの選手でチームを構成した場合には162試合のシーズンで勝率.320、52勝が期待出来る[4]。代替可能レベルの設定はシンクタンクにより異なっていたが、2013年現在、FanGraphs とBaseball Reference は勝率.294で統一している。平均的なレギュラー野手、先発投手のWARは2.0とされている。一方、平均的なリリーフ投手のWARは0.3とされている。仮にWARが0ならば、その選手は「代替可能」なレベルということになる[2]。FanGraphsによると、2018年のMLBでは、ムーキー・ベッツが10.4で全体1位、クリス・デービスが-3.1で最下位だった[5]。
WARは上積みした勝利数を意味しているが、具体的には打撃指標、走塁指標、守備指標、投球指標などを用いて総合的にこれを推計しなければならない。具体的な細かい算出方法は定義されておらず、各部門の指標に何を用いるか(例えば守備指標をDRSで評価するかUZRで評価するか等)は算出者に任せられている。そのため算出方法が複数存在し、それによって値も異なってくる。現在、MLBでは、前述のFanGraphsの他に、「Baseball Reference」、「Baseball Prospectus」 が独自のWARを算出している。特に「FanGraphs」版と「Baseball Reference」版が有名で、区別するために前者をfWAR、後者をbWAR或いはrWARと表記することもある[6]。大手スポーツ専門局であるESPNは「Baseball Reference」版(rWAR)を公式記録として採用している[4]。NPBでは、DELTAとデータスタジアムのWARが著名である[7]。
2012年にミゲル・カブレラが三冠王を達成したが、WARでは守備走塁面でも評価の高い新人のマイク・トラウトが上回ったために(fWARではトラウトが10.0でカブレラ6.8、rWARではトラウトが10.4でカブレラが7.3)アメリカンリーグのMVPにどちらがふさわしいかで論争が発生した[8]。結局、MVPにはカブレラが選ばれた。
評価 | fWAR | rWAR |
---|---|---|
MVP | 6.0以上 | 8.0以上 |
スーパースター | 5.0 - 6.0 | |
オールスター | 4.0 - 5.0 | 5.0以上 |
好選手 | 3.0 - 4.0 | |
レギュラー | 2.0 - 3.0 | |
先発メンバー | 1.0 - 2.0 | 2.0以上 |
控え | 1.0以下 | 0-2.0 |
リプレイスメント | 0未満 | 0未満 |
従来の指標では各選手の能力や貢献度の一部分しか推し測ることができず、選手の価値を判断するには複数の指標を吟味する必要があった。野手においては、打撃、走塁、守備という性質の全く異なる要素が存在し、それらをまとめて評価することはしばしば困難を伴った。特に、打撃に比べて守備での貢献度は見過ごされがちであった[3]。
WARの登場により、その選手の総合的な貢献度を単一の指標で評価できるようになった。また、投手・野手を問わず、全ての選手を同一の土俵で比較することが可能になった。チームへの貢献度を上積みした勝利数というわかりやすい基準で評価できるため、WARを用いた適正年俸の算出も容易に行えるようになった[3]。WAR1あたりの適正年俸はリーグの総年俸や最低年俸を基準に算出される。近年は上昇傾向にあるが2011年基準WAR1あたり400万~500万ドル前後として計算される[9]。仮に400万ドルとした場合、2007年~2011年の通算WARが10.4である松坂大輔に支払われるべき5年間の年俸総額は4400万ドルとなる[10]。
計算の性質と潜在的な測定誤差を考えると、WARは正確な見積もりとしてではなく、プレイヤーをグループをに分けるための目安として使用されるべきである。 たとえば、シーズン中に6.4 WARのプレイヤーと6.1 WARのプレイヤーは区別することはできない。 この値では彼らを区別するのには差が小さすぎるのである。 むしろこの2人のプレイヤーの価値がほぼ等しい可能性が高いことを示しているのであり、彼らを区別するならばさらに深く掘り下げる必要がある。ただし、6.4 WARのプレイヤーと4.1 WARのプレイヤーでは十分に違いがあるため、最初のプレイヤーのほうが特定のシーズンに彼らのチームにとってより価値があると確信できるとされる[11]。
WARでは、負担の異なるポジションの選手同士を比較可能にするため、守備位置によって補正を行う。日米のセイバーメトリクス大手は、2020年現在、以下の守備位置補正値を使用している[12][13][14] 。
Baseball Reference | FanGraphs | DELTA | |
---|---|---|---|
対象 | MLB | MLB | NPB |
捕手 | +9.0 | +12.5 | +18.1 |
遊撃手 | +7.0 | +7.5 | +10.3 |
二塁手 | +3.0 | +2.5 | +3.4 |
中堅手 | +2.5 | +2.5 | +4.2 |
三塁手 | +2.0 | +2.5 | -4.8 |
右翼手 | -7.0 | -7.5 | -5.0 |
左翼手 | -7.0 | -7.5 | -12.0 |
一塁手 | -9.5 | -12.5 | -14.1 |
指名打者 | -15.0 | -17.5 | -15.1 |
基準試合数 | 150試合 | 162試合 | 143試合 |
それぞれ基準試合数が異なることには注意を要する。例えば、Baseball-Referenceの場合は捕手として150試合に出場すると+9.0点の補正を行うという意味なので、捕手として162試合に出場すれば+9.72点の補正が得られることになる。なお、162試合当たりの守備位置補正は以下のようになる。
Baseball Reference | FanGraphs | DELTA | |
---|---|---|---|
対象 | MLB | MLB | NPB |
捕手 | +9.7 | +12.5 | +20.5 |
遊撃手 | +7.6 | +7.5 | +11.7 |
二塁手 | +3.2 | +2.5 | +3.9 |
中堅手 | +2.7 | +2.5 | +4.8 |
三塁手 | +2.2 | +2.5 | -5.4 |
右翼手 | -7.6 | -7.5 | -5.7 |
左翼手 | -7.6 | -7.5 | -13.6 |
一塁手 | -10.3 | -12.5 | -16.0 |
指名打者 | -16.2 | -17.5 | -17.1 |
Beyond the Boxscore のジェフ・アベールの解説に沿って[15]、2008年のマット・ホリデイを例に大まかな算出の流れを記す。各指標の詳細は、FanGraphs Sabermetrics Library を参照。
詳細は:Position Player WAR Calculations and Details - Baseball-Reference.com(英語)を参照。
打撃得点(Batting Runs)」、「走塁得点(Baserunning Runs)」、「併殺打得点(Grounded into Double Play Runs」、「守備得点(Fielding Runs)」、「守備位置補正得点(Positional Adjustment Runs)」、「代替レベル得点(Replacement level Runs (based on playing time)」の6つの指標によって計算される。
この節の加筆が望まれています。 |
Baseball Referenceでは失点率を、FanGraphsではFIPを基にして計算される。
rWARは守備指標DRSを用いて守備の影響を考慮するのに対し、fWARはFIPを用いて最初から守備の影響を取り除く等の違いがある。
詳細は:What is WAR? - FanGraphs(英語)、Pitcher Win Values Explained: Part Seven - FanGraphs(英語)を参照。
守備に依存しないFIPをベースに算出する事で、初めから投手の責任に限定して評価している。
詳細は:Pitcher WAR Calculations and Details - Baseball-Reference.com(英語)を参照。
投手が許した失点をベースにしているが、野手の守備による失点の増減を考慮して評価している。
いくつもの指標を組み合わせているため、算出方法は極めて煩雑である[3]。 また、WARの算出方法は機関によって様々である。大まかな枠組みは一致しており、リプレイスメントレベルの設定も統一されているため[22]、利用にあたって各機関の算出アプローチの違いを理解する事が重要である。2013年現在、最も大きな違いは投手の貢献と守備(野手)の貢献の切り分けである。
一般的にWARは投手より野手の方が高くなりやすい傾向がある。2013年のWAR上位10人の内、投手の人数はfWARが2人、rWARが3人と野手に比べて少ない。日本の選手やファンの間では「勝敗は殆ど投手力で決まる」という通説が浸透していることもあり、しばしば投手WARと野手WARの比較について疑問視する声がある。
投手の貢献度について、セイバーメトリクスの祖ビル・ジェームズは自身が提唱するWin Sharesにおいて、守備における投手の責任は60%~75%としており、攻撃と守備の重要度を概ね48:52と設定している[23]。彼の理論を適用すれば、野手の攻撃責任(100%)=投手の守備責任(70%)+野手の守備責任(30%)となるため、1試合の貢献度は野手の方が大きくなるのである。ただし、1人あたりの責任は全ポジション中で先発投手が最も大きい。WARの枠組みではリプレイスメントレベルの設定に依るものの、MLB全体のWARが約1000であるのに対して配分は野手600投手400となっている。
UZRや守備防御点(DRS)は互いに大きく乖離した結果になることが珍しくない。 ゾーンの分割や打球のサンプル数等の違いがあるが[24]、セイバーメトリクスにおける守備評価はまだ発展途上の段階にあるため、その原因ははっきりとはわかっていない。故に、現時点ではWARも完璧な指標とは言えず、まだ改良の余地はあると見られている[3]。
仮にUZRの代わりに守備防御点を用いた場合、数値に大きな差がある選手はWARにもその影響を受ける[25]。松井秀喜を例に挙げると、通算UZR-80.6、通算DRS-29と守備貢献で50点の差が付いている[26]。UZRを使用するfWARは通算12.7、キャリアハイ2.8(2004年)だが、DRSを使用するrWARは通算21.2、キャリアハイ5.0(2004年)と目に見えた違いが生まれている。
また、守備指標は打撃指標に比べて年度ごとのバラツキが大きく、選手によっては1年で±20程度の変動をすることもある。2010年-2012年のイチローは、ライトでのUZRの推移が14.1 → -4.4 → 12.4と1年単位で20前後の変化を見せている。コンディションの変化や打球の偏りなど、変動が大きくなる原因について諸説はあるもののはっきりと特定はされていない。
UZRやDRSが表しているのは守備による貢献度であり、能力評価としては3年程度のスパンで見る必要があると言われている[27]。これを組み込むWARについても同様で、1シーズンのWARが選手の能力を直接表すわけではない[3]。
ビル・ジェームズは、当時は技術レベルのばらつきが大きかったため、「最高の選手は今よりも平均値から離れていた」ために、以前の時代の選手に有利なバイアスがあると述べている[28]。つまり、彼の主張によれば、現代の野球では1800年代や1900年代のデッドボール時代やライブボール時代に比べて、選手が同世代の選手の能力を超えることが難しくなっている[28]。ジェームズの批判は、進化生物学者のスティーブン・ジェイ・グールドが1996年に出版した『Full House: The Spread of Excellence from Plato to Darwin』という1996年に出版された本に起因し、打率についても同様のことが論じられている[29]。グールドとジェイムズが述べたバイアスは、WARに基づくランキングが実際には初期の時代の選手を多く含んでいることを示す統計的な研究によって確認された[30]。この研究は、WARが時代差を適切に調整しているというスタンスに疑問を投げかけている[31]。
ジェームズの批判は、近年のWARの適用と使用方法にも起因している。2017年のメジャーリーグでは、アメリカンリーグの最優秀選手賞を誰が受賞すべきかについて、2012年と同様の議論が行われた。ホセ・アルトゥーベとアーロン・ジャッジである。ジャッジはこのシーズン、FanGraphsによるWARの算出でアルトゥーベを上回り、アルトゥーベの7.5に対してWAR8.2で1位となった。Baseball-Reference社の計算では、8.3対8.1でアルトゥーベが優勢であった。しかし、ジェームズに言わせれば、今回のMVP争いでWARを使うことは「...ナンセンスだ。アーロン・ジャッジの価値は、ホセ・アルトゥーベには到底及ばない.... 僅差ではない。近いと信じているのは、悪い統計分析によって煽られているのです」 と述べている。彼は続けて、WARについて、「...その統計の作成者がパフォーマンス統計と勝利の関係を断ち切ってしまったために、その分析が弱体化してしまい、完全に間違っている」と述べている。さらに、ジャッジは接戦の終盤などの重要な場面でアルトゥーベよりも成績が悪く、WARはこの点を適切に考慮していないと指摘している[32]。
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