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『Vフォー・ヴェンデッタ』 (V for Vendetta) は、アラン・ムーアがストーリーを担当し、デヴィッド・ロイドがアートを(ほぼ全て)担当したグラフィックノベル。陰惨な近未来のイギリスの社会を舞台に、全体主義の政府を破壊するために暗躍する1人のアナーキスト"V"と、彼に人生を左右される人々の姿を描いている。
『Vフォー・ヴェンデッタ』は当初、イギリスのコミック雑誌『ウォリアー』(Warrior (comics))に1982年から1985年にかけて白黒の作品として連載された。なお、ムーアの初期の代表作『マーベルマン(ミラクルマン)』も同時期に連載されている。『Vフォー・ヴェンデッタ』というタイトルは編集長のデズ・スキンがつけたものだという。タイトルは「VはVendetta(復讐)のV」の意味。また主人公の"V"の外見は、近代的な警察官の制服をもとにしたデザインが予定されていたが、ロイドの発案により現代版のガイ・フォークスという姿になった。
シリーズの連載中に『ウォリアー』は1985年に廃刊になったものの、1988年にDCコミックスから今までの話がカラーとなって復刊され、さらに残りの話が追加されて全10巻のミニ・シリーズとなってストーリーは完結を迎えることとなった。現在では2つの短編とともに一冊にまとめられて出版されている。1970年代後期から1980年代にかけてのイギリスでは、前述の『マーベルマン』や『ジャッジ・ドレッド』など冷戦やサッチャー首相による強硬な政策の影響から全体主義をテーマにしたコミックが数多く生まれており、当時のイギリス国内の政治情勢はムーアの着想に影響を与えた[1][2][3]。
コミックのスタイルとしては、ロイドの提案によりオノマトペ(擬音)が一切使用されていない。またムーアがこの作品から使いはじめた、緻密に絡み合って進んでいく複数のプロット、様々な象徴が隠されたアートのデザイン、文学からの引用や言葉遊びといった手法は、後の彼の代表作『ウォッチメン』でも多分に使われることになる。また"V"とイヴィーの関係などが『オペラ座の怪人』と似ているという指摘もある。
『Vフォー・ヴェンデッタ』における近未来のイギリスは、ヨーロッパ大陸における局地的な核戦争の結果、独裁者が政権を得て国の支配権を掌握した全体主義国家になっている。その姿はマスメディアは政府にコントロールされ、街では秘密警察が反体制言動に目を光らせ、マイノリティや同性愛者がすべて強制収容所へ送られてしまうなどナチス・ドイツのようなファシズム国家を連想させる。また、政府がテクノロジーを駆使して国民の統治を行っている点はジョージ・オーウェルが『1984年』で描いたソ連を連想させる社会主義国家に類似していることが指摘されている[4]。このように様々な全体主義の特徴を集約した最悪の体制が描かれている。なお、監視カメラは現在と違い、この作品が発表された頃のイギリスではさほど一般的ではなかった。
ストーリーの冒頭では、国民たちは既に体制に従順になっており、マイノリティたちが全員処刑されたことによって強制収容所も閉鎖されている。しかしテロリストおよびアナーキストである謎の人物"V"がガイ・フォークスの仮面をかぶって出現する。彼はその非凡な技能を駆使して、演劇的かつ暴力的に体制を崩壊させようとするのだった。
主人公の"V"は徹底的に謎めいた存在として描かれており、彼の正体や過去は殆ど明らかにされない。彼が超人的な肉体と精神の持ち主で、かつて強制収容所に入れられていたこと、そこで人体実験を受けたらしいことなどが話中で示唆されるものの、いずれも彼の正体を明確にするようなものではない。またストーリーの大半は"V"によってではなく、彼の保護を受ける少女イヴィーや、彼を追う刑事、腐敗した政権内の官僚たちの視点を通じて語られていく。
また"V"の破壊的な活動は、必ずしも「正義」と見なされるものではない。この作品の中心的なテーマは、「崇高な目的(国の管轄であれ、個人の自由であれ)のためなら、非道な行為も正当化されるのか?」というものであり、"V"自身も単純なスーパーヒーローなどではなく、「正統なアナーキズムの推進者」および「無秩序としてのアナーキズムの推進者」そして「ステレオタイプのテロリスト」といった要素が混在したキャラクターになっている。
ストーリーではアルファベットの「V」および数字の「5」(ローマ数字では「V」)が象徴的に使用されている。例えばトマス・ピンチョンの小説『V.』が登場したり、強制収容所で"V"が入れられていたのが5号室であったり。また各章のタイトルは全て「V」から始まる言葉になっている。
ムーアと一時期バンドを組んでいたこともある、元バウハウスのベーシストのデーヴィッド・Jは、"V"が作中で歌う曲「THIS VICIOUS CABARET」をカバーして、「V FOR VENDETTA」というEPレコードに収録した。
2006年にはナタリー・ポートマン主演による映画版が公開された。監督はジェームズ・マクティーグで、脚本は『マトリックス』のウォシャウスキー兄弟。なお、他の彼の作品の映画化と同様に、ムーアは映画版への関与を映画版の準備段階から一切拒否している。ロイドは映画化に好意的だったという。
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