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日本の雑誌 ウィキペディアから
『詩とメルヘン』(しとメルヘン)は、1973年5月に創刊され、2003年8月に休刊した文芸誌[1]。発行はサンリオ、編集長はやなせたかしで[2]、通算で385号まで刊行された[3]。
山梨シルクセンター(1973年にサンリオに社名変更)から1966年に出版されたやなせたかしの詩集『愛する歌』の成功を受けて、かねてより自分の雑誌をもつことに憧れていたやなせが社長の辻信太郎に話を持ちかけたところ快諾、創刊の運びとなった[4]。
当初は季刊誌『季刊 詩とメルヘン』として1973年5月に創刊されたが[5]、3号より隔月刊となり[6]、7号からは月刊化し『月刊 詩とメルヘン』となった[7]。
「読者層は十才から九十才ぐらいまで」を対象とし[8]、一般の読者が投稿した作品に、プロのイラストレーターが絵をつけるという読者参加型の編集を特徴とした[9]。1976年から「詩とメルヘン賞」が創設され、1981年からは「イラストコンクール」が開催された[4]。
2003年に休刊したが、後継誌『詩とファンタジー』が2007年よりかまくら春秋社から刊行された[10]。
高知県香美市の「香美市立やなせたかし記念館」には「詩とメルヘン」の表紙原画他を収蔵した施設である「詩とメルヘン絵本館」がある[11]。
詩とメルヘン賞は1975年に創設され1993年度まで続き、以降は編集長からの奨励賞・特別賞という形となった[12]。『詩とメルヘン』385号に掲載された「詩とメルヘン賞・サンリオ美術賞受賞者一覧」によれば受賞者は以下の通り。
サンリオ美術賞は1975年に創設され、第18回まで続いた[12]。
歴代の受賞者は以下の通り[13]。
『月刊いちごえほん』は1975年1月に『月刊詩とメルヘン』のジュニア版として創刊された月刊誌。責任編集はやなせたかし。読者対象を子ども中心としたのは、『詩とメルヘン』の誌面において大人の占める割合が多くなったことと、子供の詩の投稿が増えたことが背景にあった。1982年6月号に次号で休刊するとのお知らせが出され、7月の「さよならおわかれ号」を最後に休刊した[15][16]。
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