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ボーディ王子経[1](ボーディおうじきょう、巴: Bodhirājakumāra-sutta, ボーディラージャクマーラ・スッタ)とは、パーリ仏典経蔵中部に収録されている第85経。『菩提王子経』(ぼだいおうじきょう)[2]とも。
この記事は言葉を濁した曖昧な記述になっています。 |
ある時、釈迦は、バッガ国スンスマーラギラのベーサカラー林にある鹿苑に滞在していた。
使用人サンジカープッタを介して、ヴァンサ国のボーディ王子の食事供養を申し出された釈迦は、それを受け入れ、翌朝王子の家で食事を摂る。
王子から苦(dukka)と楽(sukha)の関係を問われた釈迦は、自身の修行時代を語り出す。
Mayhamipi kho rājakumāra, pubbeva sambodhā anabhisambuddhassa bodhisattasseva sate etadahosi:
" na kho sukhena sukhaṃ adhigantabbaṃ, dukkhena kho sukhaṃ adhigantatabba" nti.[3]王子よ、わたしも等覚以前、未だ等覚していない菩薩であった頃にも、そのように考えていました。
「楽は楽によって証得されない。楽は苦によって証得される」と。
アーラーラ・カーラーマやウッダカ・ラーマプッタに師事し、そこでは満足できずにウルヴェーラのセーナー村で苦行生活を行った。その中で苦楽中道を悟り、独覚したこと、四禅と三明、そして梵天勧請と初転法輪などについて説かれていく。
法悦したボーディ王子は、三宝への帰依を誓う。
ウッダカ・ラーマプッタの元を立ち去った釈迦は、マガダ国の各地を旅し、ウルヴェーラのセーナー村に入った。
体を痛めつけたり、無呼吸の禅定を行ったり、完全な断食を試みている。
Tassa mayhaṃ rājakumāra, etadahosi: " yannūnāhaṃ sabbaso āhārūpacchedāya paṭipajjeyya"nti.
Atha kho maṃ rājakumāra, devatā upasaṅkamitvā etadavocuṃ: " mā kho tvaṃ mārisa sabbaso āhārūpacchedāya paṭipajji,...[3]王子よ、私にこのような考えが起こりました。「私は、完全な断食行をなしてはどうだろうか」と。
王子よ、天部(デーヴァ)は、私へ近づいてこう言いました。「我が友よ、あなたは完全な断食行をしてはいけません。...」
しかし苦行では菩提を得ることはできないと感じた釈迦は、苦行を行うことを止め(苦行放棄)、正念(sati)が菩提への道であるとの考えに至った。
Na kho panāhaṃ imāya kaṭukāya dukkarakāriyāya adhigacchāmi uttarimanussadhammā alamariyañāṇadassanavisesaṃ.
Siyā nu kho añño maggo bodhāyā"ti.?[3]私はこれらの辛い苦行によっても、人法を超えた聖なる智見殊勝を証得しなかった。
菩提のためには、別の道があるのではないだろうか。
その後、苦行を放棄した釈迦を見た五比丘たちは、彼を堕落したとみなして釈迦の傍を立ち去っている。
Vimuttasmiṃ vimuttamiti ñāṇaṃ ahosi.
Khiṇā jāti vusitaṃ brahmacariyaṃ, kataṃ karaṇiyaṃ nāparaṃ itthattāya'ti abbhaññāsiṃ.解脱したとき、「解脱した」という智が生じました。
「生は尽きた。梵行は完成した。なされるべきことはなされた。二度とこのような状態へ(至ることは)ない」と了知したのです。
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