菊地慶一

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菊地 慶一(きくち けいいち、1932年 - 2025年1月15日[1][2])は、北海道旭川市出身の著作家

来歴

1945年、13歳のときに釧路空襲を体験する[3]。網走管内で小学校、高等学校教師を務めた後、著作家に転身した[4][3]

網走に1969年から住み[5]流氷の観察を続ける流氷観測の第一人者であり[6]、また1973年に、流氷出版物として最初とされた『白いオホーツク―流氷の海の記録』を刊行する[5]。以来、流氷をテーマに書籍に著す[4]。さらに、網走歴史の会代表として、網走刑務所オホーツク文化捕鯨など調査、研究に努め[4]、著作にもなる。

また、空襲関係の著書に「紅の海ー網走空襲犠牲者の記録」「ハマナスのかげでー北海道空襲の記録」「網走空襲の記録」がある[3]

ほか、児童文学、流氷地方史などの著書がある[3]。網走市文化賞、網走新聞文化賞、林白言文学賞、北海道新聞文化賞などを受賞した[4]。小学校の国語教科書に『流氷の世界』が掲載されている[5][6]

日本児童文学者協会会員で、網走歴史の会代表である[5]

2024年12月に札幌市内の自宅で倒れて、入院[1]。翌2025年1月15日に、敗血症により満92歳で死去した[1]

著作

  • 『白いオホーツク』、創映出版、1973
  • 『ニッポン聞き書き選書1 街にクジラがいた風景 オホーツクの捕鯨文化と庶民のくらし』、寿郎社、2004
  • 『北海道空襲』北海道新聞社 1995

その他多数

脚注

関連項目

外部リンク

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