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日本海軍の駆潜艇 ウィキペディアから
本艦型は前艦型である第十三号型駆潜艇で保針性能がやや悪かったので艦尾船底の形状を改め、艦尾側面は垂直となった。また戦時量産に適するよう艤装や船殻が簡易化されたが、松型駆逐艦や海防艦で実施したような徹底的なものではなかった。その他兵装等に違いはなく、実質的には第十三号型と同型艇である[1]。
戦時中は船団護衛を主任務とした。他の海軍艦艇と同様機銃の増備が実施され、25mm機銃3挺が追加装備された。また探照燈を移動しその位置に22号電探1基を装備した。その他爆雷投下軌条が2基に増強された。
終戦時9隻が残存、国内にあった無傷の2隻が復員輸送に従事した。
造船所は鶴見=日本鋼管鶴見造船所、播磨=播磨造船所、三井玉=三井造船玉造船所、石川島=東京石川島造船所、函館=函館船渠、日立因島=日立造船因島工場、香焼島=川南工業香焼島造船所、新潟=新潟鉄工所、浪速=浪速船渠。
第四十九号駆潜艇, to ROCN >接30>驅潛11 >海宏(SC401)>雅龍(PC106)>渠江
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