無政府原始主義 (むせいふげんししゅぎ、英 : anarcho-primitivism 、アナルコ・プリミティヴィズム)、または反文明アナキズム (はんぶんめいアナキズム、英 : anti-civilization anarchism )とは、脱工業化 ・特化と分業 の廃止・有史 以降に発明されたあらゆるテクノロジー と大規模な組織の放棄、および農耕 の廃止を通じて、非文明的な生活様式へ回帰することを提唱するアナキズム の潮流である。無政府原始主義者は、新石器革命 の際に狩猟採集社会 から農耕社会 へと移行したことによって強制 ・疎外 ・社会階層 が生まれたと主張しており、産業革命 と産業社会 、およびそれによって達成されたとされる「進歩」と言われているものを批判している。また、文明 が社会問題 や環境問題 の根源であり、言語 ・テクノロジー ・家畜化 が「本物の現実」からの疎外 を引き起こしているとも考えており、その解決策として文明の廃止と狩猟採集社会への回帰を提唱している。
無政府原始主義(アナルコ・プリミティヴィズム)の旗。アナキズム の黒旗 に深緑色が組み合わされている。
起源
原始主義(英 : primitivism 、プリミティヴィズム)は、啓蒙思想 とフランクフルト学派 の批判理論 にルーツを持つ。近世初期の哲学者であるジャン=ジャック・ルソー は、農耕と(人々の)協力が社会的不平等を加速させ、環境破壊を引き起こしたと非難した。ルソーは、著書『人間不平等起源論 』(1755年)の中で、自然状態 を「原始主義的ユートピア」として描いたが、自然状態への回帰を唱えるには至らなかった。その代わりに彼は、自然と調和し、近代文明の人工的側面を排除した政治制度に作り直すことを求めた。その後、批判理論家のマックス・ホルクハイマー は、環境問題は社会的抑圧に直接起因するものであり、社会的抑圧はすべての価値を労働に帰属 させ、その結果として広範な疎外 を引き起こすと主張した。
発展
ジョン・ザーザン (英語版 ) は、無政府原始主義の主要な理論家である
現代の無政府原始主義は、主にジョン・ザーザン (英語版 ) によって推し進められてきた。彼の著作は、社会生態学 (英語版 ) とディープエコロジー に関するグリーン・アナキスト の理論が関心を集め始めたころに公表された。ザーザンの著作で概説されている原始主義は、ディープエコロジーの流行が下火になったころに初めて人気を博した。
ザーザンは、文明化以前の社会は近代文明よりも本質的に優れており、農耕社会への移行とテクノロジーの普及が人類の疎外 と抑圧をもたらしたと主張している。また、文明の下で人間と動物は家畜化 され、主体性を失い、資本主義 による支配を受けるようになったとも主張している。さらに、言語 ・数学 ・芸術 が「本物の現実」を抽象化された現実に置き換えたことによって疎外 が引き起こされたとも述べている。このような問題への対抗策として、ザーザンは自然状態 への回帰を提案しており、私的所有権 ・暴力の独占 ・分業 を廃止することによって、社会的平等と個人の自律性 を高めることができると述べている。
原始主義者・環境主義 者のポール・シェパード (英語版 ) もまた、家畜化 を批判した。彼は、家畜化は動物の生命を軽んじており、人間の生命を労働力と所有物に還元していると考えた。他の原始主義者たちは、疎外の起源についてザーザンとは異なる結論を導き出しており、ジョン・フィリス(John Fillis)はテクノロジーを、リチャード・ハインバーグ (英語版 ) は中毒心理学 (英語版 ) を挙げている。
無政府原始主義に対する批判で最も多いものは「偽善 である」というものである。つまり、文明に否定的であるにもかかわらず、彼ら自身は文明的な生活様式を維持しており、主張を広めるために工業技術の産物(テクノロジー )を利用していることが多いというものである。無政府原始主義者の作家であるデリック・ジェンセン (英語版 ) は、この批判は単なる人身攻撃 であり、思想の正当性に向けられたものではないと反論している[17] 。さらに、このような偽善を避けようとすることは、効果がない上に利己的であり、活動家のエネルギーを都合よく誤った方向へ導こうとするものであると述べている[18] 。ジョン・ザーザン (英語版 ) は、この偽善との共存は、より大きな知的対話に貢献し続けるための必要悪 であると認めている[19] 。
ポスト左翼(post-leftist)の Wolfi Landstreicher と Jason McQuinn は、無政府原始主義やディープエコロジー に見られる原始社会の過度な美化、および疑似科学 的な(さらには神秘主義 的な)自然に訴える論証 を批判している[20] [21] 。
セオドア・カジンスキー もまた、ある種の無政府原始主義者は、原始社会の労働時間の短さを誇張していると主張しており、彼らが検証しているのは食料採取のプロセスだけで、食料の加工・火起こし・育児などは検証しておらず、実際には週40時間以上の労働が必要になると論じている[22] 。
Jensen, 2006, pp. 173–174: "[Although it's] vital to make lifestyle choices to mitigate damage caused by being a member of industrial civilization... to assign primary responsibility to oneself, and to focus primarily on making oneself better, is an immense copout, an abrogation of responsibility. With all the world at stake, it is self-indulgent, self-righteous, and self-important. It is also nearly ubiquitous. And it serves the interests of those in power by keeping our focus off them."
Kaczynski, Theodore (2008). The Truth About Primitive Life: A Critique of Primitivism
Aaltola, Elisa (2010). “Green Anarchy: Deep Ecology and Primitivism”. Anarchism and Moral Philosophy . Palgrave Macmillan . pp. 161–185. doi :10.1057/9780230289680_9 . ISBN 978-0-230-28968-0
Becker, Michael (2010). Anarcho-Primitivism: The Green Scare in Green Political Theory (Annual Meeting Paper). Western Political Science Association. pp. 1–16.
Adams, Matthew S.; Levy, Carl, eds (2019). “Farming and Food”. The Palgrave Handbook of Anarchism . Cham, Switzerland : Palgrave Macmillan . pp. 641–658. doi :10.1007/978-3-319-75620-2_36 . ISBN 978-3-319-75620-2
Eddebo, Johan (2017). “Babylon Will Be Found No More: On Affinities Between Christianity and Anarcho-Primitivism” . Journal of Religion and Society 19 : 1–17. ISSN 1522-5658 . https://www.diva-portal.org/smash/record.jsf?pid=diva2%3A1205588&dswid=-7478 .
el-Ojeili, Chamsy; Taylor, Dylan (2 April 2020). “"The Future in the Past": Anarcho-primitivism and the Critique of Civilization Today” (英語). Rethinking Marxism 32 (2): 168–186. doi :10.1080/08935696.2020.1727256 . ISSN 0893-5696 . https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/08935696.2020.1727256 .
Gardenier, Matthijs (2016). “The "anti-tech" movement, between anarcho-primitivism and the neo-luddite” . Sociétés 131 (1): 97–106. doi :10.3917/soc.131.0097 . ISSN 0765-3697 . https://www.cairn-int.info/journal-societes-2016-1-page-97.htm .
Humphrey, Matthew (2013). “Environmentalism”. In Gaus, Gerald F.. The Routledge Companion to Social and Political Philosophy . Routledge . pp. 291–302. ISBN 978-0-415-87456-4 . LCCN 2012-13795
Jeihouni, Mojtaba; Maleki, Nasser (12 December 2016). “Far from the madding civilization: Anarcho-primitivism and revolt against disintegration in Eugene O'Neill's The Hairy Ape” . International Journal of English Studies 16 (2): 61–80. doi :10.6018/ijes/2016/2/238911 . hdl :10201/51564 . ISSN 1989-6131 . http://revistas.um.es/ijes/article/view/238911 .
Long, Roderick T. (2013). “Anarchism”. In Gaus, Gerald F.. The Routledge Companion to Social and Political Philosophy . Routledge . pp. 217–230. ISBN 978-0-415-87456-4 . LCCN 2012-13795
Marshall, Peter H. (1993). “Epilogue: The Phoenix Rising”. Demanding the Impossible: A History of Anarchism . London : Fontana Press . pp. 667–705. ISBN 978-0-00-686245-1 . OCLC 1042028128
Morris, Brian (2017). “Anarchism and Environmental Philosophy” . In Jun, Nathan. Brill's Companion to Anarchism and Philosophy . Leiden : Brill . pp. 369–400. doi :10.1163/9789004356894_015 . ISBN 978-90-04-35689-4 . https://brill.com/view/title/35861
Moore, John (1995). “An Archaeology of the Future: Ursula Le Guin and Anarcho-Primitivism” . Foundation : 32. ISSN 0306-4964 . ProQuest 1312027489 . https://www.proquest.com/docview/1312027489 .
Parson, Sean (2018). “Ecocentrism”. Anarchism: A Conceptual Approach . Routledge . pp. 219–233. ISBN 978-1-138-92565-6 . LCCN 2017-44519
Price, Andy (2012). “Social Ecology”. In Kinna, Ruth . The Continuum Companion to Anarchism . Continuum International Publishing Group . pp. 231–249. ISBN 978-1-4411-4270-2
Price, Andy (2019). “Green Anarchism” . In Adams, Matthew S.; Levy, Carl. The Palgrave Handbook of Anarchism . Cham, Switzerland : Palgrave Macmillan . pp. 281–291. doi :10.1007/978-3-319-75620-2_16 . ISBN 978-3-319-75620-2 . https://www.palgrave.com/us/book/9783319756196
Purkis, Johnathan (2012). “The Hitchhiker as Theorist: Rethinking Sociology and Anthropology from an Anarchist Perspective”. In Kinna, Ruth . The Continuum Companion to Anarchism . Continuum International Publishing Group . pp. 140–161. ISBN 978-1-4411-4270-2
Shakoor, Abdul; Ahmad, Mustanir (2022). “Anarcho-Primitivism in D.H. Lawrence's Post War Fiction: An Eco-Critical Analysis” . Pakistan Journal of Social Research 4 (4): 10–17. doi :10.52567/pjsr.v4i04.782 . ISSN 2710-3137 . https://pjsr.com.pk/ojs/index.php/PJSR/article/view/782 .
Smith, Mick (2002). “The State of Nature: The Political Philosophy of Primitivism and the Culture of Contamination” . Environmental Values 11 (4): 407–425. doi :10.3197/096327102129341154 . ISSN 1752-7015 . https://www.ingentaconnect.com/content/whp/ev/2002/00000011/00000004/art00002 .
ウィキメディア・コモンズには、 無政府原始主義 に関するカテゴリがあります。