浦上山里村

日本の長崎県西彼杵郡にあった村 ウィキペディアから

浦上山里村(うらかみやまざとむら)は、長崎県西彼杵郡にあった村。1920年(大正9年)に上長崎村とともに長崎市に編入された。

概要 うらかみやまざとむら 浦上山里村, 廃止日 ...
うらかみやまざとむら
浦上山里村
廃止日 1920年10月1日
廃止理由 編入合併
上長崎村浦上山里村長崎市
現在の自治体 長崎市
廃止時点のデータ
日本
地方 九州地方
都道府県 長崎県
西彼杵郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 8,605
(長崎県大観 大典記念 239頁、1915年)
隣接自治体 長崎市、西彼杵郡福田村西浦上村上長崎村
浦上山里村役場
所在地 長崎県西彼杵郡浦上山里村
座標 北緯32度45分47秒 東経129度51分46秒
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現在の長崎市中央地区の一部、及び西浦上地区の一部にあたる。

地理

西彼杵半島と野母半島(長崎半島)の基部、浦上川の下流域に位置する[1]

  • 山:金比羅山(琴平山)
  • 河川:浦上川

沿革

江戸時代は幕府領の山里掛[2]と淵掛[3]大村藩領の家野・木場(古場)・滑石・北・西の各村[4]があり、これらを合わせて浦上村と称した[5]。後に浦上山里村となる地域は上記のうち「山里掛」にあたる。

浦上村は明治初期から中期にかけて幾度かの村域変遷を経て、1882年(明治15年)に浦上村より分割された2村のうちの1村として浦上山里村が成立した。

地名

を行政区域とする。浦上山里村は1889年の町村制施行時に単独で自治体として発足したため、大字は無し。

  • 家野郷(いえの)[9]
  • 里郷 - 1898年、一部を長崎市に編入[6]
  • 中野郷
  • 馬込郷 - 1898年、一部を長崎市に編入[6]
  • 本原郷(もとはら)[10]
  • 寺野郷 - 1898年、淵村より編入[6][11]

交通

鉄道

日本国有鉄道

(西浦上村) - 浦上駅 - (長崎市)

名所・旧跡

参考文献

脚注

関連項目

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