トップQs
タイムライン
チャット
視点
津具村
日本の愛知県北設楽郡に1956年から2005年まであった村 ウィキペディアから
Remove ads
津具村(つぐむら)は、かつて愛知県北設楽郡に属していた村。愛知県北東部に位置していた。2005年(平成17年)10月1日に北設楽郡(旧)設楽町と合併し、(新)設楽町の一部となった。合併後の旧津具村域には津具という大字が設定されている。
Remove ads
地理


周囲を標高1,000m級の山々に囲まれており、盆地の形状を持つ高原となっている。村域の約9割が森林である。冷涼な気候や大きな寒暖差を生かして、津具村では1971年(昭和46年)に津具高原トマトの産地化が開始された[3]。現在では愛知県唯一の夏秋トマトの産地である。
- 津具川
- 碁盤石山 - 標高1190m
- 丸山 - 標高1161m
歴史
戦国時代には武田信玄によって津具金山が開発されたことで、信玄坑と呼ばれる場所が残る。
津具村は初代と2代目がある。ここでは両者について記述する。
行政

(現:設楽町役場津具総合支所)
歴代村長
![]() | この節の加筆が望まれています。 |
交通
鉄道は村域を通っていない。
路線バス
道路
国道は村域を通っていない。
教育

小学校
中学校
高等学校
- 愛知県立田口高等学校津具分校
- 1965年廃校
電気
津具村に電気の供給が開始されたのは、上津具村・下津具村が合併して津具村が発足するよりも前の、大正時代のことである。北に隣接する根羽村の根羽水力電気という電力会社が、県境を越えた上津具村・下津具村にも1922年(大正11年)10月より供給を開始した。同社は鉄道電気証券と改称した後、伊那地方の中核電力会社伊那電気鉄道に事業を譲渡する[5]。戦時下の配電統制により伊那電気鉄道は1942年(昭和17年)に中部配電へと統合、この地域は同社の供給区域へと編入された[6]。戦後の電気事業再編で1951年(昭和26年)に中部電力が発足すると同社の供給区域に組み入れられ[7]、現在に至っている。
名所・旧跡・観光スポット
出身有名人
脚注
関連項目
外部リンク
Wikiwand - on
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Remove ads