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群馬県の山 ウィキペディアから
榛名山(はるなさん)は、関東地方の北部の群馬県にある上毛三山の一つであり、古来山岳信仰を受けてきた山である。山の南西麓に榛名神社が祀られている。
山頂にはカルデラ湖である榛名湖と中央火口丘の榛名富士溶岩ドーム(標高1,390.3 m)があり、 495年頃(早川2009)と約30年後に大きな噴火をしたと見られている。中央のカルデラと榛名富士を最高峰の掃部ヶ岳(かもんがたけ 標高1,449 m)、天目山 (1,303 m) 、尖った峰の相馬山 (1,411 m) 、二ッ岳 (1,344 m) 、典型的な溶岩円頂丘の烏帽子岳 (1,363 m) 、鬢櫛山 (1,350 m) などが囲み、更に外側にも水沢山(浅間山 1,194 m)、鷹ノ巣山 (956 m) 、三ッ峰山 (1,315 m) 、杏が岳 (1,292 m) 、古賀良山 (982 m) 、五万石 (1,060 m) など数多くの側火山があり、非常に多くの峰をもつ複雑な山容を見せている。
有史以降の記録は残っていないが、古墳時代後期にあたる6世紀代には二ツ岳で大規模噴火が度々発生しており、北東山麓では6世紀初頭の「榛名山二ツ岳渋川火山灰(Hr-FA)」と、6世紀中頃の「榛名山二ツ岳伊香保軽石(Hr-FP)」の降下による分厚い堆積層が形成されている。渋川市黒井峯遺跡や中筋遺跡、高崎市三ツ寺遺跡など、火山灰や火砕流で被災した古墳時代後期の遺跡は多く発見されており、当時の群馬県域(上毛野地域)に甚大な被害があったことが解っている[1]。渋川市の金井東裏遺跡(国道353号建設工事に伴う調査)では、6世紀初頭のHr-FA火砕流に巻き込まれた小札甲を着装した成人男性人骨1体(甲を着た古墳人)と、その家族と思われる成人女性人骨1体と幼児人骨1体、乳児頭骨1点が発掘されており、人的被害が出ていたことが裏付けられている[2]。当時の北関東は大和とは別の毛野地域で、南海トラフ巨大地震の白鳳地震とは違って記紀には記載はない。
榛名山に関係する伝承では、巨人ダイダラボッチ[3]が、富士山、浅間山、榛名山を競争で作り、あと一息というところで富士山のだいだらぼっちが勝ったという民話、榛名神社が諏訪神社から井戸を通して食器を借りたという民話、弘法大師(空海)が杖を刺して井戸を掘ったという民話などが残っており、山岳信仰が盛んだったことをうかがわせる。
榛名山周辺には伊香保温泉をはじめ各種の温泉が出ている。中腹の展望台からの眺めがとても良く、渋川市を一望できる。信仰としては、有名なところだけでも榛名神社、水沢観音といった寺社が山中にある。
伊香保温泉から榛名山へは群馬県道33号渋川松井田線の一本道になっている。県立榛名公園の沼ノ原地区一帯、黒髪山神社の鳥居周辺や榛名湖畔の沿道では、毎年5月下旬から6月下旬にかけて、ヤマツツジやレンゲツツジが満開になる[4][5]。
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