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和泉岸和田藩2代藩主、播磨山崎藩主、石見浜田藩初代藩主。松井松平家2代。松平康重の次男。従五位下淡路守、周防守。子に松平康明(-1685.5.26、松平主水、仙千代、母は家女)、村瀬康致 ウィキペディアから
松平 康映(まつだいら やすてる)は、和泉国岸和田藩の第2代藩主。後に播磨国山崎藩主を経て、石見国浜田藩初代藩主となった。松井松平家2代。
元和元年(1615年)、丹波篠山藩主・松平康重の次男として篠山で生まれる[1]。兄の康政が早世したため、寛永10年(1633年)に世子に指名され、12月28日に従五位下・淡路守に叙位・任官する[2]。寛永17年(1640年)、父の死去により家督を継いで岸和田藩主となる。しかし間もなく播磨山崎に移封となった[1]。
慶安2年(1649年)8月12日、石見浜田に移封される。その後は検地を行なうなどして藩政の基礎を固めた。万治元年(1658年)、家老・石川正西(昌隆)に『聞見集』の作成を命じる(完成は万治2年(1659年))。延宝2年12月30日(1675年)に死去した。享年60。跡を三男の康官が継いだ[1]。
甥に「石見国名所松葉集」を記した新清元麿(弟・康紀の子)がいる。
父母
正室
子女
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