東鎌倉村
日本の神奈川県鎌倉郡にあった村 ウィキペディアから
東鎌倉村(ひがしかまくらむら)は、神奈川県の中央南部、鎌倉郡に属していた村。
歴史
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、小町村、大町村、雪ノ下村、西御門村、浄明寺村、二階堂村、十二所村、扇ガ谷村、峠村、乱橋材木座村の一部および極楽寺村の一部が合併し、東鎌倉村となる。
- 1891年(明治24年)3月 - 清川来吉(後の初代鎌倉市長)が、雪ノ下267番地(本陣・大石平左衛門方)に養生所(現在の清川病院)を開設。
- 1892年(明治25年)5月21日 - 西鎌倉村と鎌倉東西組合村を結成し、組合会が開設される[1]。
- 1894年(明治27年)7月7日 - 西鎌倉村と合併、町制施行して鎌倉町となる。
- 1939年(昭和14年)11月3日 - 鎌倉町が腰越町と合併、市制施行して鎌倉市となる。
脚注
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