弟磯城
磯城県主 ウィキペディアから
磯城県主 ウィキペディアから
大和国磯城(現在の奈良県桜井市あたり)地方を支配する豪族。兄磯城(えしき)の弟。『古事記』では「弟師木」と表記されている。
『日本書紀』巻第三によると、神日本磐余彦天皇(かむやまといわれひこ の すめらみこと、神武天皇)の命で兄磯城を呼び出しに行き、弓矢で追い返された八咫烏(やたのからす)は弟磯城の家へゆき、兄磯城に告げたのを同じ文言を伝えた。
「天神(あまつかみ)の子(みこ)、汝(いまし)を召す。率(いざ)わ、率わ」 (天神の子がお前を呼んでいる、さあ、さあ)訳:宇治谷孟
弟磯城は兄とは異なり、怖じ気づいてかしこまってこう答えた。
「臣(やつこ)、天圧神(あめおすのかみ)至(いた)りますと聞きて、旦(あした)夕(ゆふべ)に畏(お)ぢ懼(かしこ)まる。善きかな、烏。汝(い)が若此(かく)鳴く」 (手前は天神が来られたと聞いて、朝夕畏れかしこまっていました。烏よ、お前がこんなに鳴くのは良いことだ)訳:宇治谷孟
そして葉盤(ひらで=柏の葉を竹釘のようなもので刺して、盤のようにした器)8枚を作り、食物を盛って饗応した。そして烏に導かれて参上し、このように告げた。
「「吾(やつこ)が兄(このかみ)兄磯城、天神(あまつかみ)の子(みこ)来(い)でますと聞(うけたまは)りて、則(すなは)ち八十梟帥(やそたける)を聚(あつ)めて、兵甲(つはもの)を具(そな)へて与(とも)に決戦(たたか)はむとす。旱(すみやか)に図(たばか)りたまふべし」」 (わが兄の兄磯城は、天神の御子がおいでになったと聞いて、八十梟帥を集めて、武器を整え、決戦をしようとしています。速やかに準備をするべきです)訳:宇治谷孟
と、申し上げた[2]。
このようにして弟磯城は磐余彦に帰順したのだが、『古事記』では、兄師木・弟師木ともに撃たれた、となっており、以下の歌が疲労した「御軍」(みいくさ)の士気向上のために歌われたとある。
「楯(たた)並(な)めて 伊那佐(いなさ)の山の 木(こ)の間よも い行きまもらひ 戦へば 吾(われ)はや飢(ゑ)ぬ 島つ鳥 鵜養(うかひ)が伴(とも) 今助(す)けに来(こ)ね」[3] (〈楯並めて〉伊那佐の山の木の間を通って、見張りながら戦っていると、私はああ腹がへってしまった。〈島つ鳥〉、鵜飼の部民よ。今すぐ助けに来い)訳:荻原浅男
これとほぼ同じ歌が、『書紀』では兄磯城軍との高倉山の国見丘での交戦の際に歌われている[2]。
その後、辛酉年、磐余彦は神武天皇として即位した[4]。翌年の2月2日、恩賞を定める際に、弟磯城は「磯城県主」となった[1]。
『書紀』巻第二十九によると天武天皇の時代の683年、磯城県主ら14氏に「連」の姓が授けられている[5]。『新撰姓氏録』によると、大和神別の「志貴連氏」は神饒速日命の孫日子湯支命の後とされている(後述)。
『書紀』の一書によると、綏靖天皇から孝安天皇の5代の皇妃は「磯城県主の女」となっており、『書紀』本文では、孝霊天皇の皇后も該当することが次の孝元天皇の記述から分かる[6]。
『古事記』では懿徳天皇までの3代の皇妃となっているが、綏靖天皇の大后は「師木県主の祖(おや)、河俣毘売(かわまたびめ)」、懿徳天皇の大后は「師木県主の祖(おや)、賦登麻和訶比売命(ふとまわかひめのみこと)」となっている。また同書では、孝霊天皇の皇妃は十市県主の女となっているが[7]、前述の『書紀』との比較から、これは師木県主と同一のものであるとみなすこともできる。
『延喜式』によると、祈年祭・月次祭・広瀬の大忌祭に際し、祝詞を唱えることで倭の六県(やまと の むつのあがた)での祭祀が行われた、とある。六御県で生ずる甘菜・辛菜を天皇の食膳に給する結果として、六御県の皇神(すめがみ)の神前に幣帛を捧げ、感謝の詞を唱えることになっていたという。
また、先にあげた弟磯城の八咫烏の饗応記事からは、県主家の女性が天皇の食事に奉仕し、県神の体現者として、天皇と添い寝する儀式の存在を思わせる。彼女達のような巫女の存在が、三品彰英のいうような宗儀的な母子関係を伝承してきたものとも想定する説がある[8]。
いずれにしても、古くから天皇家は磯城地方の「県主」と密接な関係があったことが窺われる。
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