小磯 馨子(こいそ かおるこ、1888年(明治21年)2月[1] - 1950年(昭和25年)5月24日[2])は、日本の第41代内閣総理大臣である小磯國昭の妻(内閣総理大臣夫人)。新潟県出身。
経歴
1887年(明治20年)、越後国柏崎の豪商である牧口義方の五女として生まれる[1]。その後、新潟高等女学校(現在の新潟県立新潟中央高等学校)を卒業し[1]、1907年(明治40年)に後に内閣総理大臣となる小磯國昭と結婚、5男2女を儲けた。
1950年(昭和25年)4月には既に重病の床にあり、同月25日に極東国際軍事裁判でA級戦犯として終身禁錮刑に処された夫の國昭が見舞いのため12時間の仮出所を許されて最後の対面をし[3]、この1か月後の同年5月24日に敗血症のため東京都世田谷区北沢の自宅で死去した[2]。國昭も半年後の11月3日に後を追うようにして死去している。
脚注
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