失点

スポーツ全般での相手側の得点 ウィキペディアから

失点(しってん)とは、競技において、相手側が得点した場合、味方側につけられるものである。

野球における失点

要約
視点

投手の成績の一つ。攻撃側チームが得点を挙げると、いずれかの投手に失点が記録される。

失点が記録される投手は、基本的には得点した走者を出塁させた投手である。これはイニングの途中に投手交代があった場合も同じであり、後任投手が前任投手の残した走者を得点させても、前任投手の失点である(テレビゲームで見られがちだが、後任投手の失点とするのは誤りである)。ただし、残していた走者が盗塁失敗や走塁死などでアウトになった場合や、後任投手と対戦した打者とともに併殺になった場合などに前任投手の責任は減ぜられる。また、併殺崩れなどで走者が入れ替わった場合は、入れ替わった新たな走者が前任投手の責任となる。

  • 【例1】一死一塁(この走者を A とする)の場面で投手が P から Q に交代。次打者を B、後続の打者をそれぞれC、D とする。
    • 【例1-1】Q は B を遊ゴロに打ち取り、A がアウトになるが B は一塁に生きる。Q はその後 C に四球を与え、さらに D に三塁打を打たれた(得点 2)。 ― この場合、得点を挙げた B と C は、ともに Q の登板時に出塁した走者であるが、失点は P と Q にそれぞれ 1 が記録される。P が降板した時点で走者が 1 人残っていたため、最初の 1 失点が P の責任となるからである。
    • 【例1-2】B の打席中に A が盗塁に失敗するが、Q は B と C に四球を与え、さらに D に三塁打を打たれた(得点 2)。 ― この場合、失点は P には 0 が、Q には 2 が記録される。A が盗塁失敗したことによって P の責任は 1 点分減ぜられて、P が責任を負わなければならない失点が無くなったからである。

投手の防御率の計算には自責点を用いる。自責点とは、投手の投球に原因がある失点のことであり、攻撃側チームが得点を挙げたときには、前述のように投手に失点が記録されるが、その失点が投手の投球のみに責任があると考えられる場合は、自責点も記録される。より詳しくは防御率、および自責点の項目も参照のこと。

失点数に関する記録(日本プロ野球)

通算記録

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順位選手名失点
1米田哲也1940
2東尾修1817
3鈴木啓示1772
4金田正一1706
5梶本隆夫1634
6小山正明1567
7山田久志1538
8石川雅規1479
9三浦大輔1430
10石井茂雄1404
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順位選手名失点
11村田兆治1402
12北別府学1399
13山本昌1394
14平松政次1385
15別所毅彦1379
工藤公康
17松岡弘1350
18佐藤義則1251
19長谷川良平1242
20堀内恒夫1235
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  • 記録は2024年シーズン終了時[1]

シーズン記録

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  • 記録は2024年シーズン終了時[2]
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2リーグ制後
順位選手名所属球団失点記録年備考
1長谷川良平広島カープ1901950年[3]新人記録[4]
2高野裕良大洋ホエールズ184[5]
3米川泰夫東急フライヤーズ182パ・リーグ記録
4小林恒夫松竹ロビンス1791951年[6]左投手記録[7]
5田原基稔国鉄スワローズ1671950年[8]
6内藤幸三広島カープ166[9]
7天保義夫阪急ブレーブス164[10]
8野本喜一郎西日本パイレーツ159
金田正一国鉄スワローズ1951年
10小林恒夫松竹ロビンス1561952年[11]
記録は2024年シーズン終了時点[12]
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その他の記録

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記録選手名所属球団失点記録年月日対戦相手
1試合最多失点伊藤万喜三東急フライヤーズ181950年5月31日毎日オリオンズ
イニング最多失点内藤幸三ゴールドスター121946年7月15日グレートリング
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関連項目

サッカー・ホッケー・ハンドボールなどにおける失点

チームおよびゴールキーパーの成績の一つ。チームの総失点数は守備力の指標として使われる。また防御率を求める際の計算に使われるが、競技によって計算方法は異なる。防御率を参照。

脚注

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