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日本のプロ野球選手 (1998-) ウィキペディアから
太田 龍(おおた りゅう、1998年11月15日 - )は、鹿児島県薩摩郡さつま町出身の元プロ野球選手(投手)[1]。右投右打[1]。
さつま町立盈進小学校1年から野球を始め、6年時に「宮之城野球スポーツ少年団」で全国大会出場[1]。さつま町立宮之城中学校では軟式野球部[1]に所属。
れいめい高等学校では、1年春からベンチ入りし、3年次には山本由伸・梅野雄吾・浜地真澄らと共に「九州四天王」として話題を集めたが、甲子園出場経験はなかった[2][3]。
最後の夏に痛めた肘と大柄な体格に伴う成長痛の影響もあり、プロ志望届を提出せず、高校卒業後は社会人野球のJR東日本硬式野球部に進んだ[1][3]。身体作りの基礎が整った2年目から急成長し、2018年7月に開催された第89回都市対抗野球大会では若獅子賞(新人賞)を受賞した[3]。
2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議では、読売ジャイアンツから2位指名を受け、11月7日に契約金7000万円、年俸1200万円で仮契約を結んだ(金額は推定)。背番号は33[4]。担当スカウトは織田淳哉[5]。
2020年は、6月24日にイースタン・リーグの東京ヤクルトスワローズ戦で先発し、7回無失点で二軍初勝利を挙げると、主に先発として17試合に登板し、5勝6敗、防御率4.08の成績でイースタン最多勝のタイトルを獲得した[6]。しかしながら、9月に一軍に昇格したものの登板機会なく登録抹消となり、一軍デビューすることはできなかった[7]。オフに、120万円減の推定年俸1080万円で契約を更改した[8]。
2021年、二軍春季キャンプ中の2月10日に右太腿裏の張りにより離脱[9]。4月1日には、右肘関節手術を受けたことが発表された[10][11]。その後、8月11日の三軍戦で実戦復帰登板を果たすと[12]、二軍では4試合に登板したが、一軍での登板はなかった[13]。オフに、200万円減の推定年俸880万円で契約を更改した[13]。
2022年も3年連続で一軍登板はなく、二軍では11試合に登板して1勝0敗、防御率5.68という成績だった、オフに推定年俸800万円で育成選手として再契約した[14]。12月14日、翌年からの背番号が033に変更となった[15]。
2023年は、二軍で1試合の登板に留まり[16]、10月5日に戦力外通告を受けた[17]。11月15日に鎌ケ谷スタジアムで開催された12球団合同トライアウトに参加し、シート打撃で打者3人に対して、いずれも落差のあるスプリットで三振を奪う快投を披露した[18]。
身長190cmの体格から最速153km/hのストレートを投じる[21]。変化球は130km/h台後半のスプリット、130km/h前後のチェンジアップ、125km/h前後のスライダー、115km/h前後のカーブの計4種類で、緩急差は約40km/hある[21]。
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