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n 個の複素数の組全体のなす空間 Cn 上の複素数値函数を扱う分野 ウィキペディアから
数学における多変数複素関数論(たへんすうふくそかんすうろん、英: the theory of functions of several complex variables)とは、複素多変数の複素数値関数、すなわち、n 個の複素数の組全体のなす数ベクトル空間 Cn 上の複素数値関数
を扱う分野である。複素解析(これは n = 1 の場合に当たる理論ではあるが、n > 1 の場合とは一線を画す性質を持つ)と同様、任意の単なる函数を扱うものではなく、正則 (holomorphic) あるいは複素解析的 (complex analytic) な関数、つまり局所的に変数 zi たちの冪級数で書けるような関数を扱う。そのような関数は結局のところ、多項式列の局所一様極限として得られるような関数ということもでき、n 次元コーシー・リーマンの方程式の局所解と言っても同じことであるということが分かる。
上述のような関数の多くの例は、19世紀の数学においてよく研究されたものであった。例えばアーベル関数やテータ関数の他、ある種の超幾何級数がそのような例として挙げられる。またもちろん、ある複素媒介変数に依存する任意の一変数関数も、そのような例となる。しかしそれらの特徴的な現象は捉えられていなかったため、長年の間、解析学においてその理論の完成は十分ではなかった。ワイエルシュトラスの準備定理は現在では可換環論に分類されるであろう。それは、リーマン面の理論における分岐点の一般化を扱った局所的な描像である分岐を正当化したものである。
1930年代のフリードリヒ・ハルトークスと岡潔の成果により、一般理論の構築がなされ始めた。その当時の同分野における他の研究者には、ハインリヒ・ベーンケ、ペーター・トゥレンおよびカール・シュタインがいる。ハルトークスは、n > 1 のとき任意の解析的関数
に対してすべての孤立特異点は除去可能であるなど、いくつかの基本的な結果を証明した。ここで当然、周回積分と類似の概念は扱いが難しくなる。n = 2 の場合だと、ある点の周りの積分は、(実4次元で考えるため)3次元多様体上で行わなければならず、また2つの別々の複素変数についての逐次周回(線)積分は2次元曲面上の二重積分として扱われる必要がある。このことは、留数計算が非常に異なる性質を持つようになることを意味する。
1945年以降、アンリ・カルタンのフランスでのセミナーにおける重要な研究や、ハンス・グラウエルトおよびラインホルト・レンメルトのドイツでの重要な研究によって、理論の描像は著しく変化した。多くの問題、特に解析接続についての問題が、明らかにされた。ここで一変数の理論との主要な違いが明らかになる。すなわち、1変数の場合はC 内の任意の開連結集合 D に対して、その境界を超えて解析接続できない関数を見つけることができるが、多変数n > 1 の場合にはそのようなことはいえないのである。実際、そのような性質を持つ領域 D はあるていど特殊なものになる(擬凸性と呼ばれる条件をもつ)。最大限解析接続された関数の自然な定義域は、シュタイン多様体と呼ばれ、その性質は層係数コホモロジー群が消えるというものである。実は、(特に)岡の仕事を、理論の定式化において層を首尾一貫して使用することを導いたよりはっきりした基本へとすることが必要だったのだ。
さらに進んで、解析幾何(紛らわしいが、これは解析函数の零点の幾何に関する名称であり、初中等教育で習うような解析幾何学のことではない)や多変数の保型形式、偏微分方程式などに応用できる基本的な理論が構築された。また複素構造の変形理論や複素多様体は、小平邦彦やドナルド・スペンサーによって一般的な形で記述された。さらに、セールの高名な論文GAGAにおいて、解析幾何 (géometrie analytique) を代数幾何 (géometrie algébrique) へと橋渡す観点が突き止められた。
カール・ジーゲルは、新たな多変数複素関数論の対象になる関数がほとんどない、すなわち、理論における特殊関数的な側面は層に従属するものであったことに、不平をもらしたことが知られている。数論に対する興味は、確かに、モジュラー形式の特定の一般化にある。その古典的な代表例は、ヒルベルトモジュラー形式やジーゲルモジュラー形式である。今日においてそれらは、代数群と関連付けられている。(それぞれ GL(2) の総実代数体のヴェイユ制限と、シンプレクティック群である。)それらは、保型表現が解析関数から生じうるものである。ある意味でこれはジーゲルとは矛盾しない。現代の理論はそれ自身の異なる方向性を持つものである。
その後の発展として、超関数 (hyperfunction) の理論や楔の刃の定理が挙げられるが、それらはいずれも場の量子論からいくらかの着想を得たものである。その他、バナッハ環の理論など、多変数複素関数を利用する分野がいくつかある。
最も簡単なシュタイン多様体は、複素数の n-組からなる空間 Cn(複素 n-次元数空間)である。これは複素数体 C 上の n-次元ベクトル空間とみることができて、つまりR 上の次元が 2n である[注釈 1]。したがって、集合および位相空間として、Cn は R2n と等しく、その位相次元は 2n である。
座標に依らない形で述べるならば、複素数体上の任意のベクトル空間は、その2倍の次元を持つ実ベクトル空間と考えることができる。ここに複素構造は、虚数単位 i によるスカラー倍を定義する線型作用素 J(J2 = −I をみたす)によって特定される。
そのような任意の空間は、実空間として向き付けられている。ガウス平面をデカルト平面と見做したとき、複素数 w = u + iv を掛けるという操作は、実行列
によって表現される。これは 2次実正方行列で、行列式は
となる。同様に、任意の有限次元複素線型作用素を実行列として表現すると(上述の形の 2×2 ブロックによって構成され)、その行列式は対応する複素行列式の絶対値の自乗に等しい。それは非負の数であり、このことは複素作用素によって空間の(実の)向き付けが逆になることはないことを意味する。同様のことは Cn から Cn への正則関数のヤコビ行列に対しても適用される。
一変数複素関数の正則性の定義には、局所的に整級数で表されることを条件として定義する方法、コーシー・リーマン方程式を満たすことを条件として定義する方法、複素的に微分可能であることを条件として定義する方法の3通りの方法があった[1]。多変数の場合にも複数の定義の仕方がある。
n を2以上の整数とし[注釈 2]、f を Cn の領域 D 上定義された複素数値関数とする。f に対する以下の条件は同値であり、いずれか一つ(したがって全て)を満たすとき、f は D 上正則(holomorphic)であるという。
最後の条件を除く4条件が同値であることは、一変数複素関数の正則性の特徴づけやベキ級数の項別微分、コーシーの積分公式を用いれば示すことができる[4]。最後の条件、つまり変数別の正則性から連続性が導かれることはハルトークスの正則性定理と呼ばれる著名な結果である[5]。
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