垢嘗

日本の妖怪 ウィキペディアから

垢嘗

垢嘗あかなめ)は、鳥山石燕による江戸時代の妖怪画集『画図百鬼夜行』などにある日本妖怪[1]。風呂風呂にたまったを嘗め喰うとされる。

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「底闇谷の垢嘗」
歌川芳員『百種怪談妖物雙六』(1858年)
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「垢嘗」
鳥山石燕画図百鬼夜行』(1776年)

垢舐あかねぶり)とも呼ばれる。

語釈

垢嘗とは読んで字のごとく「垢」をなめる妖怪だが、「垢」には、人間の表皮から剥げ落ちる皮脂角質などの成分もあり、その他にもカビ水垢が風呂場に蓄積したものも含めて、垢嘗の養分と考えられる[2]

また、「垢」には心の穢れや煩悩、余分なものという意味もあることから、風呂を清潔にすることをし忘れるほど、穢れを身に溜めこんではいけないという教訓も含まれているとの説もある[2][3]

江戸時代

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垢舐アカネブリと入浴中の老女
—『日東本草図纂』(1780年)[4]

垢嘗あかなめの初出は鳥山石燕の妖怪画集『画図百鬼夜行』(安永5年/1776年)ともされるが[5]、同一の妖怪(の異名)「垢ねぶり」はより早く山岡元隣『古今百物語評判』(1686年刊)に記載がみつかる[2][6]。また垢舐あかねぶりは玄紀『日東本草図纂』(安永9/1780年)巻之十二に図入りで紹介される[注 1][4][6]

江戸時代の妖怪画の画図では、鉤爪を持つざんぎり頭の童子が、風呂場のそばで長いを出した姿で描かれている[7]。解説文が一切ないため、どのような妖怪を意図して描かれたものかは推測の域を出ないが、江戸時代の怪談本『古今百物語評判』には「垢ねぶり」という妖怪の記述があり、垢嘗はこの垢ねぶりを描いたものと推測されている[1]

『古今百物語評判』によれば、垢ねぶりとは古い風呂屋に棲む化物であり、荒れた屋敷などに潜んでいるといわれる。垢ねぶりは、塵や垢の「」が集まった場所から、その気(陰気)から「化生」(自然発生)するのだという。例えるならば、水のなかで生まれたが水を口にし、シラミが汚れのなかに湧いてその汚れを食べるように、垢ねぶりもまた、その生じた場所の産物である垢を食らうのだと説かれている[注 2][11][6]

垢舐あかねぶりは、嬰児に似て目は丸く舌が長いと『日東本草図纂』に記される[6]歌川芳員『百種怪談妖物雙六』(安政5年/1858年)では、不気味な青黒い肌の妖怪として描かれている[2]

『日東本草図纂』では、嬰児でなく美人の女性の姿で現れることがあり、血肉を舐め取られて骸ばかりにされるという恐ろしいバージョンも伝えている[6]。その境遇に遭い骨ばかりにされて死んだという、播州の温泉に通っていた男の挿話がある[注 3][12]

昭和・平成以降

昭和平成以降の妖怪関連の書籍では、垢嘗もこの垢ねぶりと同様に解釈されている。その解釈によれば、垢嘗は古びた風呂屋や荒れた屋敷に棲む妖怪であり[13]、人が寝静まったに侵入して[13]、風呂場や風呂桶などに付着した垢を長い舌で嘗めるとされる[14][15]

垢を嘗める以外には何もしないが、当時の人々は妖怪が現れるだけでも気持ち悪く感じるので、垢嘗が風呂場に来ないよう、普段から風呂場や風呂桶をきれいに洗い、垢をためないように心がけていたという[14][16]。垢嘗の正体を見た者はいないが、名前の「垢(あか)」からの連想で赤い顔[14]、または全身が赤いともいわれる[15]

注釈

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水木しげるロードに設置されている「あかなめ」のブロンズ像
  1. 原著では図入りの見開きに「垢舐」に「アカ子ブリ」と振り仮名される。日本髪の老女が桶型の湯船に浸かっており、その傍らで白色の妖怪が四つん這いになって舌をだらりと垂下げている構図である。
  2. 『古今百物語評判』原文は"たとへば魚の水より生じて水をはみ"云々とあるが、気から「化生」して生じるのは生類の生じる「四生」のひとつであり、妖怪などの"稀少"なケースであるので[6]、魚があてはまる(「化生」したと考えられていた)わけではなかろう。
  3. 類話が『諸国百物語』にあり、摂州尼崎の伝左衛門という男が女のばけものに同じ目にあわされる。現今は同じ兵庫県ではあるが、こちらは摂州有馬の温泉なので国名が違っている[12]

出典

関連項目

外部リンク

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