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国民防衛隊(こくみんぼうえいたい、ビルマ語: ပြည်သူ့ကာကွယ်ရေးတပ်မတော်; 英語: People's Defence Force; PDFと略称)は、ミャンマーの民主派勢力である国民統一政府(英語: National Unity Government of Myanmar、NUGと略称)の軍事部門である[2]。日本語では人民防衛隊[3](じんみんぼうえいたい)、人民防衛軍[4](じんみんぼうえいぐん)と訳されることもある。2021年2月1日に発生したクーデターに対抗して4月16日に設立されたNUG[5]の軍事部門として5月5日に設立された[6]。5月8日にミャンマー軍事政権はPDFをテロ組織として認定した[7]。2021年10月にNUGの国防省は、全国の軍事行動を調整する中央委員会を設立することを告知した[8]。
2021年6月13日、国防相のイーモンは、新しく組織された組織には月末までに8,000人の兵が所属すると発表した[9]。『イラワジ』は2022年11月、組織の規模をおよそ65,000人と推計している[10]。組織の指揮においてはゲリラ戦を重視している[11]。
2011年にミャンマーは民政移管を行い、1962年以来続いた軍事政権の支配は終わりを告げた[12]。軍部出身の大統領であるテインセイン政権下で行われた2015年ミャンマー総選挙では、アウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)が大勝し、アウンサンスーチーは国家顧問として政権を握った[13]。しかし、NLD政権下においてミャンマー軍の司令官となったミンアウンフラインとアウンサンスーチーの関係は良好ではなかった。アウンサンスーチーは政権から軍部関係者をほぼ排除し、政治に対する軍部の関与をなくすべく憲法改正を行おうとしていた[14]。また、同政権下のラカイン州において、ロヒンギャ問題の深刻化やアラカン軍(AA)の台頭などで統治体系に大きな問題が発生していたこと、新型コロナウイルスへの流行対策の不十分さなどについて、軍は政権に不信感を募らせた[15]。2020年ミャンマー総選挙においてもNLDは同じく大勝し、国軍系の政党である連邦団結発展党(英語: Union Solidarity and Development Party、USDP)は惨敗した。有力な野党の不在、経済政策の成功、党首の人気などからこの結果は決して不自然なものではなかったものの、USDPおよび国軍はこの結果に対し、有権者名簿に大きな不正があったと主張した[15][3]。2021年1月30日、軍部は政権に対して選挙管理委員会の交代・議会召集の延期・票の再集計を要求したものの、NLD政権はこれを黙殺した[16]。
第2次NLD政権の成立を防ぐため、ミャンマー軍は連邦議会の召集日であった2月1日未明にクーデターを決行した(2021年ミャンマークーデター)。これにより、アウンサンスーチー国家顧問や、ウィンミン大統領といったNLDの政権要人の多く、在野の活動家といった100人以上の人物が拘束された。新政権で副大統領となる予定であった、軍部出身のミンスエが大統領臨時代理を名乗り、国家非常事態宣言を発出したのち全権をミンアウンフライン軍最高司令官に移譲した。2月2日にはミンアウンフラインを議長、ソー・ウィンを副議長とする国家最高機関である国家行政評議会(SAC)が設立された[3]。 軍部はアウンサンスーチーを拘束すれば支持者による抵抗は十分に抑え込めると考え、幹部以外のNLD議員が宿泊する議員宿舎の包囲を2月4日に解いた[17]。議員らは連邦議会代表委員会(CPRH)を結成し、現行憲法の無効化と「フェデラル民主主義憲章」を宣言した。フェデラル(ビルマ語: ဖက်ဒရယ်; 英語: Federal)は、少数民族勢力が好んで用いた言葉であり、独立以来ミャンマーの国号として用いられた連邦(ビルマ語: ပြည်ထောင်စု; 英語: Union)制度が、実際には中央集権制的なものであったことを批判するニュアンスがある。こうした方針で少数民族武装組織に目配せをしながら、彼らは4月16日に公式に国民統一政府(英語: National Unity Government of Myanmar; NUG)の設立を宣言した。また、軍事政権のクーデターに多くのミャンマー国民は納得せず、市民の間では大規模な抗議活動が行われるようになった(2021年ミャンマークーデター抗議デモ)。軍部はこれを暴力的な手段をもって封殺し、軍部により殺害された民間人の数は4月半ばまでに700人を超えた[3]。
クーデター勃発から1ヶ月ほど経った3月頃から、軍事政権に対する抗議活動は暴力的なものへと変化していった。ミャンマーではそれ以前より内戦が続いていた(ミャンマー内戦)が、それまで戦地となることがほとんどなかった地域においても武力紛争が頻発するようになった。例えば、ザガイン地方域やチン州の山間地域では猟銃で武装した地域の民兵組織が軍と衝突するようになった。こうした潮流に突き動かされる形でCRPHも非暴力路線を転換し、3月1日にSACをテロ組織として認定、3月14日には自衛のための暴力を容認する声明を出した[3]。また、カレン民族同盟(KNU)やカチン独立機構(KIO)といった以前より政府と衝突していた反政府組織も抗議運動を支援し、武力闘争を決断した抗議者の訓練および武器入手を支援した[18]。5月5日には、NUGはこうした武装蜂起した抗議者をまとめあげるための組織として、国民防衛隊(PDF)の発足を宣言した。ただしこれはNUGがPDFを設立したのではなく、既に各地で結成されていた反国軍武装勢力をPDFとして事後承認したり、新たに自主的にPDFの結成を促すものだった[19]。これに対して軍事政権は同8日にNUGおよびPDFをテロ組織認定し、これに応酬した[3]。
2021年9月7日、NUGの大統領代行であるドゥワラシラーは「自衛のための戦争」(英語: Defensive war)を宣言した[20][21]。PDFの発足により、独立以来続いたミャンマー内戦は大きく変容した。それまでの内戦は、中央政府および軍部と少数民族武装組織の対立というのが主要構図であり、主に戦地となっていたのはシャン州およびカチン州といった東部から北東部にかけての山地帯と、西部のラカイン州であった[22]。クーデター後にはこの構図が大きく変わり、民族構成としてはビルマ人がほとんどであり、内戦の影響を長年受けていなかったザガイン地方域やマグウェ地方域においても戦闘が相次いだ[23]。2022年までにPDFの規模は6万5000人までに膨らみ、40万人を擁するとされる(ただし水増しや推計のミスのため、実数は15万人程度と見積もられる[24])ミャンマー軍には及ばないといえ、国内の少数民族武装組織と比較しても最大規模の勢力にまで成長した[22]。KNUとKIOの他には、カレンニー民族進歩党(KNPP)およびチン民族戦線(CNF)もPDFへの賛同を表明した[3][22]。また、8888民主化運動の学生勢力である全ビルマ学生民主戦線(ABSDF)もPDFに協力したほか[25][26]、タアン民族解放軍(TNLA)も2022年にPDFとの共同作戦を行った[27]。
しかし、結成当初から兵器不足、資金不足、リーダー不在が指摘されており[28][29][30]、カレン民族同盟(KNU)の下で軍事訓練を受けた者は、「ネットも電話もなく、食事も粗末で、寄付金で生き延びている」「訓練終了後はPDFではなくKNUに忠誠を誓えと言われ、拒否すると国軍の密告者呼ばわりされ、殺すと脅迫された」「逃亡を図ったが捕まり、殴られて顎の骨を折った」「2ヶ月後の強制労働の後、KNU支配地域内のPDFに配属された」「軍事訓練を受けた者の40%がPDFに配属されず、KNU支配下の軍事組織に入隊させられた」と証言している[31]。その後もこの状態は改善されず、2022年8月のフロンティア・ミャンマーの記事には、兵器は、子供たちに拾い集めさせた金属片を材料にした粗末な自家製兵器が主で、制作中・試射中に死者・負傷者が多数発生しており、兵士の武装率はせいぜい20%~50%、大砲・対空兵器・対装甲兵器のような高性能兵器はなく、闇市場の兵器・弾薬の価格も高騰していて、なかなか入手できず、せっかくの自家製兵器を手にしても、できることはせいぜい待ち伏せ・ゲリラ攻撃くらいで、高性能兵器を持つ国軍に反撃されれば、退却するしかないというPDF兵士たちの声が紹介されている[32]。このような事情からPDFの中には、兵器を供給する能力があり、戦闘経験も十分な少数民族武装勢力の指揮下に入るグループもある[33]。一方で、マグウェ地方域、マンダレー地方域、サガイン地方域にまたがる乾燥地帯、いわゆるドライゾーンには有力な少数民族武装勢力がないため、練度の低いPDFと国軍派民兵・ピューソーティーとの間で、村落を二派に分けた激しい戦闘が繰り広げられている[34]。
また各地でPDFが結成され始めた直後から、PDFは、公務員、教師、連邦団結発展党(USDP)関係者など国軍の密告者の疑いをかけた者たちを、銃撃などで暗殺し始め、USDP党員は2021年6月までに70人近く[35]、2022年3月までに1327人[36]が殺害され、学校の教師は2022年6月までに40人殺害されたという報道があった。[37]中には冤罪も多く含まれているものと思われ、2021年4月にバゴーで起きた国軍による虐殺の協力者と見なされた人物が暗殺された際には、その娘と称する者がSNSで父親の冤罪を訴えるという一幕もあった[38]。
PDFは学校CDM(市民不服従運動)も実施し[39]、軍政下の学校教育は軍事奴隷教育であると主張して、学校の教師や生徒たちに学校に通わないように圧力をかけ、従わない学校を放火・爆破したり、教師を拉致・殺害する事案が頻発しており、市民の間からも「政争を教育に持ちこむのはおかしい」という声も上がっている[40]。国軍の発表によると、2021年2月1日~23年1月31日の2年間で、PDFは学校・大学に対する爆弾攻撃を528回、放火を123回行い、教職員66人を殺害したのだという[41]。またPDFは子供を労働に従事させたり、少年兵にしているとも非難されており、2022年3月には18歳未満の兵士の採用が禁止されたが、実効性は不明である[42]。
PDFは軍事行動の一環として国軍系企業のMytelの電波塔[43]、軍事利用可能な鉄道や橋[44][45]などのインフラ破壊も行っている。国軍の発表によると、クーデターから2023年1月までに、全国で駅周辺への地雷設置・爆破が105回、鉄道橋の爆破・破壊が34回、駅への放火が9回あったという[46]。
NUGは、国際法上禁止される非武装の軍への情報提供者への攻撃への賛否を明らかにしておらず[47]、批判の原因となっている。オーストラリア戦略政策研究所の研究員[48]であるネイサン・ルーザーはこの行為の正当性には疑問の余地がないわけではないと前置きした上で、戦略としての有効性を認めているが[49]、そもそも「情報提供者」というのはPDF側の一方的主張であり、事実を立証する適正手続きを欠いていることが問題で[50]、後述するように被害者遺族が冤罪を訴えたり、人違いのケースも発生している。また国民防衛隊と軍の抗争により共同体間の分断が深まっている地域では、軍側の民兵が駐留する村の住民を全て戦闘員とみなす発言に見られるように、国軍同様国民防衛隊側でも、敵が拠点を置く村を攻撃する際に民間人と軍人の区別がなされない事例も存在する[51]。
被害者は軍人、退役軍人、連邦団結発展党(USDP)の党員、CDM(市民不服従運動)に参加しない公務員、医師、教師、親軍的言動をする者、国軍の密告者と疑われた者などだが、このうち、軍人、退役軍人、多くが国軍の民兵のメンバーである連邦団結発展党の党員の場合は[52]、一概に民間人への攻撃とは言えないものの、その他の者は明らかに民間人であり、国際人道法上の問題が生じうる[50]。
NUGや各種人権団体がPDFに行動規範を学ばせる研修を提供しているが、NUGの司法制度が機能していないために抑止力が働いていない[53][54][51]。不満の大きさからこの問題の解決に当たるタスクフォースが結成されたが、同政府の内務大臣ルインコーラッによる一部部隊の私兵化が対策の障壁になる可能性や、この動きによる同政府傘下にない民主派武装組織との関係悪化の恐れが懸念されている[55]。
誤射は国際法においては処罰の対象にならないこと[74]も留意すべきである。
2023年5月28日にNUG国防省が発表した「防衛戦争」に関するレポートには、PDFの構造についても言及がある[86]。国民安全保障・防衛評議会(ビルマ語: ပြည်သူ့လုံခြုံရေးနှင့် ကာကွယ်ရေးကောင်စီ; 英語: People's Security and Defence Council)がNUGにおける国防最高機関であり、大統領および首相に直属する。
PDFは5つの地方司令部(北部・南部・中央部・東部・西部)に分けられる予定であったが[87]、のちに北部・中部・南部の3つに調整された。地域司令部の構成は以下の通りである[88]。
地方司令部(師団)
NUGおよび連携する少数民族勢力は、以下のように軍区(စစ်ဒေသ)を設定している[86]。
人民防衛チーム(英語: People’s Defense Team: PDT、ビルマ語: ပြည်သူ့ကာကွယ်ရေးတပ်ဖွဲ့: ပကဖ)は村落防衛を目的とした民兵組織である。PDFのように均等に人員が配置されていないため、装備や兵力に大きくばらつきがある[89]。PDTはザガイン地方域とマグウェ地方域で活発である[90]。
PDFの装備は自前で製造、もしくは国内外で製造された小火器を中心とする。その他、迫撃砲や地雷を製造・使用し[91]、商用のものを改造したドローンの運用も行っている[92]。初期には、多くの部隊はボルトアクション銃を使用していた。2022年時点では、一部の部隊は手製の狩猟用の銃を使っており[93]、また多くの兵士は武器を持っていなかった[94]。 2023年中旬には、武器がますます性能の良いものに置き換えられつつあることが確認されている[95]。
多くの部隊は、ミャンマー軍から鹵獲した武器を使用している。これらの武器はおもにミャンマー軍により製造されたもので、MA-1 MK-II(IMI ガリルを現地で改良したもの)やMA-1 MK-III ブルパップ銃(97式自動歩槍のコピー)、 MA-3、MA-4アサルトライフル、 MA-11アサルトライフル(H&K HK33の変種) などである[95]。また、ミャンマーの 他の武装組織(カレン民族解放軍やカチン独立軍など)同様、M16自動小銃、56式自動歩槍、[95]カチン独立軍の支配地域で製造された81式自動歩槍の変種K-09も使用する[96] [97]。加えて、ワ州連合軍支配地域からも大量の現地製及び中国製の武器を調達した[95]。
主にタイ王国から密輸された銃も確認されている。これらはアルティマックス100、 M16自動小銃 § AR-15系統、FN FAL、 トルコのデルヤ社製の散弾銃などを含む[95]。
2022年1月、国民防衛隊は小火器の製造計画を始動させ、 3Dプリンターを利用してFGC-9ライフルを製造し始めた[98] [99]。同年4月には、国内70か所超で低品質の武器が製造されていた[94]。一例としては、2021年末に軍の元兵士らで結成された団体であるPeople's Soldiers Production Team (PSPT)が挙げられる[100]。これらの団体は低コストでM16自動小銃, M4カービン、AK-47などの銃や、5.56×45mm NATO弾、7.62x39mm弾, 7.62×51mm NATO弾、9x19mmパラベラム弾などの弾薬、カートリッジ、RPG-7、60mm軽量迫撃砲弾、 40mmグレネード、M67破片手榴弾を供給することを目的としている[101][102][103][104]。
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