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松本清張による自伝的作品 ウィキペディアから
『半生の記』(はんせいのき)は、松本清張による自伝的作品[1]。『文藝』(1963年8月号 - 1965年1月号)に「回想的自叙伝」のタイトルで連載され、改稿・改題の上、1966年10月に河出書房新社から単行本が刊行された。1977年5月、河出書房新社から3章を追加した増補版が刊行された。
最初の単行本や新潮文庫版および『松本清張全集 第34巻』収録版では、父・峯太郎の出身から筆を起こし、下関での幼年期、小倉に移ってからの、川北電気小倉出張所での給仕、高崎印刷所などでの石板職人、広告版下描きとしての契約から始まった朝日新聞西部支社勤務、朝鮮での兵役を経て、戦後の箒の卸売のアルバイト、1950年頃までの、父母・祖母・妻子との生活が描かれている。
「回想的自叙伝」連載時から単行本化時に大幅な改稿が行われた。「回想的自叙伝」の最終章は「点綴」と題され九つのエピソードが語られていたが、全文削除された。「あとがき」は単行本化時に追加された。
1977年に河出書房新社から刊行された「増補版」では、「あとがき」が省かれ、「立ち読み」「内職文筆業」「母の故郷」の3章が追加されている。この3章は『読売新聞』夕刊(1976年7月1日付 - 7月9日付)に連載した文章の抜粋となっている。
「回想的自叙伝」連載時の担当編集者であった寺田博は、「『象徴の設計』が終わったら、今度は何か全然違うものをもらわないと引き下がれないという気持ちになりましてね。終わりかけた頃から「先生、自伝を書いてください」と言っていたのです」「とにかく、一度だけじゃなくて何度も断られたのを、しつこく何度も食い下がりました。『象徴の設計』が終わって、行く用がなくなってしまったんだけれども、担当している間に、日曜日は外国人の先生を呼んで英語を勉強していて、絶対に仕事はしないと聞かされていましたので、なんとか「書くよ」という返事をいただくところまで追い込むために、英語の時間が終わるのを応接室で待っていました」と述べている[2]。
文藝春秋で清張の担当編集者であった藤井康栄は、著者が本作について「ある時ぽつりと「あんなもの書かなければよかった…」とつぶやいた」ことを回顧し、「本にまとめるに際して(「濁った暗い半生」という)テーマにそってしぼりこんだ結果の削除に相違ない」が「テーマをしぼりすぎて、「自叙伝のようなもの」が「半自叙伝」として固まってしまった結果の困惑」と推測している。本作に書かれていない、英語の学習などでの清張の積極性を補足し「作家を一元的に理解することは慎まなければいけないと思うようになった」と述べている。また、愛読した作家についての記述(柳田國男、井伏鱒二、感心して読んだ太宰治、三島由紀夫等)が全篇にわたって削除されていることについて「勿体ない気がする」と述べている[3]。
1996年、下関市のみもすそ川公園に、本作の一節を刻んだ文学碑が竣工した。中央に開いた穴から海峡側をのぞくと、関門海峡を挟んだ対岸にある和布刈神社(『時間の習俗』の舞台)を望むことができ、山側をのぞくと、幼年期の清張が住んでいた家の付近を見る趣向となっている。両面に刻まれた文章は異なっており、この趣向に合った箇所が引用されているが、共に作中「父の故郷」からの引用である。
哲学者・評論家の鶴見俊輔は、松本清張作品のなかで本作を「もっとも好きな作品」と述べ、「彼がひとたび推理小説という様式をえらんで書きはじめた時、それまで作家修行の一部として決して意識したことのない四十年間の体験が、頼りがいのある巨大な援兵として次から次へと彼のかたわらにあらわれた」と述べている[4]。
日本文学研究者の樫原修は、「『半生の記』の心理表現は、清張が愛読したという菊池寛、及び清張自身の諸作品と同様に、大変明快であるが、それは現実が明快だったからではなく、作家が一つの意味付けを選択し、それによって事態を説明しているからなのである。『半生の記』の書き手は作家松本清張であり、あの不遇な半生を生きた松本清張(きよはる)ではないという自明の理を確認しておかねばならない」とした上で「清張(きよはる)と清張を分け、『半生の記』を特徴づけるものは、彼が生活の中で鍛えられた結果得た、徹底した感傷性の排除であろう」と評している[5]。
文芸評論家の高橋敏夫は「(本作では)「ふるさと」小倉への望郷の思いは語られない」「にもかかわらず、『半生の記』に「故郷」への思い、望郷や懐郷が充満しているように感じられるのは、ここに「父の故郷」から「母の故郷」までが書きこまれ、まるで父や母の思いを息子である清張(きよはる)がなぞり、帰郷という行為を代行しているからである」「望郷と帰郷の代行は、だから、父と母の苦難の無言の代行でもあった」と述べている[6]。
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