伊号第十三潜水艦
日本の一等潜水艦 ウィキペディアから
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伊号第十三潜水艦(いごうだいじゅうさんせんすいかん)は、大日本帝国海軍の潜水艦。普遍的には伊十三型潜水艦の1番艦とされているが、海軍省が定めた公式類別では伊九型潜水艦の5番艦[2]。
伊号第十三潜水艦 | |
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基本情報 | |
建造所 | 川崎造船所 |
運用者 | 大日本帝国海軍 |
艦種 | 一等潜水艦 |
級名 | 伊十三型潜水艦 |
建造費 | 21,165,000円(予算成立時の価格) |
艦歴 | |
計画 | 昭和17年度計画(マル追計画) |
起工 | 1943年2月4日 |
進水 | 1943年11月30日 |
竣工 | 1944年12月16日 |
最期 | 1945年7月16日戦没 |
除籍 | 1945年9月15日 |
要目 | |
基準排水量 | 2,620トン |
常備排水量 | 3,603トン |
水中排水量 | 4,762トン |
全長 | 113.7m |
最大幅 | 11.7m |
吃水 | 5.89m |
機関 | 艦本式22号10型ディーゼルx2基 |
推進 | 2軸 |
出力 |
水上:4,400馬力 水中:600馬力 |
速力 |
水上:16.7kt 水中:5.5kt |
燃料 | 重油:搭載量不明 |
航続距離 |
水上:16ktで21,000海里 水中:3ktで60海里 |
潜航深度 | 安全潜航深度:100m |
乗員 | 竣工時定員116名[1] |
兵装 |
40口径十一年式14cm単装砲x1門 九六式25mm連装機銃x2基4挺 九六式25mm単装機銃x1挺 九五式53cm魚雷発射管x6門(艦首6門)/魚雷x12本 |
搭載機 |
特殊攻撃機晴嵐x2機 四式1号10型射出機x1基 |
マル追計画の潜水艦甲、第620号艦型の2番艦、仮称艦名第621号艦として計画[3]。建造中の1943年後期に、建造隻数が削減された伊四百型潜水艦を補うため設計変更された[4]。
1943年2月4日川崎重工業神戸造船所で起工。10月1日伊号第十三潜水艦と命名[5]、伊十型潜水艦の4番艦に定められ[6]、本籍を佐世保鎮守府と仮定[7]。11月30日進水。1944年12月16日竣工し、本籍を佐世保鎮守府に定められ[8]、第六艦隊付属に編入、神戸発呉へ。その後は呉にて搭乗員の訓練などに従事。12月30日伊号第400潜水艦と第一潜水隊を新編[9]。
1945年5月28、29日に鎮海入港、燃料補給。7月4日彩雲2機を大湊にて搭載、同月11日大湊発トラック島へ向け出港。本来の晴嵐搭載の任務ではなく、トラックへの輸送作戦だった。出港後、マリアナ東方海面を南下して、7月20日頃トラック入港の予定だったが、8月1日までにトラックへ入港しないことから喪失と認定された。米側記録によると7月16日に米護衛空母「アンツィオ」(アンジオ)の艦載機および米ジョン・C・バトラー級護衛駆逐艦「ローレンス・C・テイラー」の攻撃により小笠原北東方の、北緯34度28分 東経150度55分(米軍記録より)の海中で撃沈された。艦長の大橋勝夫中佐以下140名[10]全員が戦死認定。9月15日に除籍。
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