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『ロスト・エピソード』(The Lost Episodes)は、アメリカ合衆国のロック・ミュージシャンのフランク・ザッパが1958年から1992年までの間にスタジオやステージなどで残した未発表音源や会話を収録した編集アルバム。ザッパ自身によって編集され、彼の病没後の1996年に発表された[1]。
ザッパは1969年8月にインタビューで、The History and Collected Improvisations of The Mothers Of Inventionと題された10枚組アルバムをクリスマス頃に35ドルで発表すると語った。この計画は、彼が自分が率いていたザ・マザーズ・オブ・インヴェンション(The Mothers of Invention、MOI)の解散を宣言した10月には12枚組アルバムの発表にまで膨れ上がり、MOIの音源だけでなく、ザッパがミュージシャンとしての道を歩み始める前の1950年代に録音したものや、MOIが結成される前の1960年代前半にカリフォルニア州クカモンガ(現ランチョ・クカモンガ)で行なった初期の音楽活動の未発表音源を含んでいた。しかし、12枚組アルバムを10,000部作るだけで250,000ドルもの費用がかかることがわかり、この計画は頓挫した[注釈 1]。1970年代にも同様の計画が9枚組アルバムや3枚組アルバムとして検討されたが、実現しなかった[2]。
ザッパは1981年にBarking Pumpkin Recordsを設立し、1960年代にヴァーヴ・レコードから発表したアルバムを含めて、これまでに様々なレコード会社から発表したMOI名義とザッパ名義アルバム全てに対する権利を獲得した。そこで彼は、MOI名義の13作とザッパ名義の5作をリミックスして、これらのアルバムを発売順に完全収録した[注釈 2]The Old Mastersのシリーズを発表した。このシリーズはBox One(1985年4月)、Box Two(1986年11月)、Box Three(1987年12月)の3部からなり、Box OneとBox Twoには、The History and Collected Improvisations of The Mothers Of Inventionに収録される予定だった音源を含む合計35曲の未発表音源を収録した『ミステリー・ディスク』が含まれた[注釈 3]。
晩年の1992年と1993年、ザッパは病魔と闘いながら、『ミステリー・ディスク』に含まれなかった未発表音源や『ミステリー・ディスク』に収録された音源とは異なる録音の編集とプロデュースを手掛けて、本作を完成させた[注釈 4]。そして、テレビアニメ・シリーズ『ザ・シンプソンズ』で知られるアニメーターのGábor Csupóに、ジャケットの制作を依頼して[注釈 5]、1993年12月4日に他界した。
計30曲の収録曲の内訳は、インストゥルメンタルが13曲、ボーカル曲が10曲、会話のみが7曲。録音時期は1958年から1979年まで様々である。次項「収録曲」が示すように、本作は『ミステリー・ディスク』と同じくThe History and Collected Improvisations of The Mothers Of Inventionに収録される予定だった音源を含んでいるほか、『ミステリー・ディスク』に収録された音源とは異なる録音も収録している。以下、MOIの前身であるザ・マザーズが結成されるより前の1964年までの音源を中心に概説する。
'Lost in a Whirlpool'[3]は、1958年12月か1959年1月に、ザッパ(リード・ギター)と弟のボビー[注釈 6](リズム・ギター)がドン・グレン・ヴリート[注釈 7](ボーカル)とランカスターのアンテロープ・バレー・ジュニア・カレッジ[注釈 8]で録音した。ヴリートが書いた歌詞は、ザッパがサンディエゴのミッション・ベイ・ハイ・スクールに通っていた1955年に[注釈 9]友人達と創作した話に基づいている。
3曲に登場するケニー・ウィリアムスとロニー・ウィリアムスは兄弟[4][注釈 10]で、ロニー[5][6]はザ・マスターズ(The Masters)というバンドのギタリストだった。彼はオンタリオに住んでいたザッパと1960年に知り合い、ザッパにクカモンガでパル・レコーディング・スタジオ(本稿ではパル・スタジオと略する)を設立して運営するポール・バフ(Paul Buff)[注釈 11]というレコーディング・エンジニアの事を教えた[7][8][9][注釈 12][注釈 13]。
'Mount St. Mary's Concert Excerpt'は、ザッパが指揮する約20人の規模のカレッジ・オーケストラが1963年5月19日にロサンゼルスのMount St. Mary's Collegeで開いたコンサートのライブ音源。ザッパは300ドルを自己負担してコンサートを企画し、約13分に及ぶ自作の”Opus 5, For Four Orchestra”を披露した。本作には演奏終了後に彼が行なった聴衆への説明を含む約2分半が抜粋されて収録された[10]。
'Take Your Clothes Off When You Dance'は、1961年1月にパル・スタジオ[注釈 14]でバフのエンジニアリングによって録音された[11]。この曲は1967年にMOIによって録音されて、アルバム『ウィー・アー・オンリー・イン・イット・フォー・ザ・マニー』(1968年)に収録された。
'Tiger Roach'[12]は、ザッパがヴリート(ボーカル)、ヴィック・モーテンセン(ドラムス)[13][注釈 15]、Janschi(ベース・ギター)と結成したザ・スーツ(The Soots)[14][15][16]の演奏。1964年にザッパが買い取ったパル・スタジオ改めスタジオZで同年録音された。
'Run Home Slow Theme'は、作曲家ザッパの初仕事である映画"Run Home Slow"(1965年)[17]の主題曲で、1964年にハリウッドのOriginal Soundのスタジオでバフのエンジニアリングによって録音された[注釈 16][注釈 17]。本作には『ミステリー・ディスク』とは異なる音源が収録された。
'Fountain of Love'と'Any Way The Wind Blows'[18]は、のちにMOIによって録音され、前者はアルバム『クルージング・ウィズ・ルーベン&ザ・ジェッツ』(1968年)、後者は『フリーク・アウト!』(1966年)で発表された。本作に収録された音源は、1963年にパル・スタジオでザッパ(ギター、ドラムス)、バフ(ファズベース、オルガン)、レイ・コリンズ(ボーカル)によって録音された。
'Alley Cat'はザッパとキャプテン・ビーフハートことドン・ヴァン・ヴリートとの共作で、1969年にザッパの自宅の地下室で彼等とジョン・フレンチ(ドラムス)、エリオット・イングバー(スライド・ギター)によって録音された。フレンチはキャプテン・ビーフハート・アンド・ヒズ・マジック・バンドのメンバー。イングバーは1966年3月から数か月間MOIに在籍した元メンバーで[注釈 18]、この録音の後の1970年にキャプテン・ビーフハート・アンド・ヒズ・マジック・バンド改めキャプテン・ビーフハート・アンド・ザ・マジック・バンドに加入した。
'Wonderful Wino'、"RDNZL'、'Inca Road'、'I Don't Wanna Get Drafted'、'Sharleena'は、後に再録音されて、MOIやザッパのアルバムに収録された[注釈 19]。'The Grand Wazoo'は1972年に発表されたMOIの同名アルバムとは無関係で、1969年に録音されたヴァン・ヴリートによるザッパ作の詞の朗読に、1992年にザッパがシンクラヴィアで伴奏をつけたものである。
'The Dick Kunc Story'のディック・クンツとは、1960年代後半のMOIやザッパのアルバム、キャプテン・ビーフハート・アンド・ヒズ・マジック・バンドの『トラウト・マスク・レプリカ』(1969年)などでエンジニアを務めた人物である[19]。
ライコディスク(RCD 40573)のライナーノーツと参考文献(2018年)[20]に基づく。
ライコディスク(RCD 40573)のライナーノーツと参考文献(2018年)[20]に基づく。
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