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フレイミン・グルーヴィーズ(The Flamin' Groovies)は、アメリカのバンド。商業的な成功とは無縁であったが、アメリカのガレージロックシーン、イギリスのパブロックシーンに足跡を残した。シリル・ジョーダン、ロイ・ロニーを中心に1965年にサンフランシスコで結成。バンドのヴィジュアル、サウンドはロイ・ロニー在籍時の第1期と、クリス・ウィルソン在籍時の第2期とは大きく異なるが、時代に流されず一貫してシンプルなロックンロールを演奏するポリシーの持ったバンドであった。
ごく初期の作品群「Sneakers」、「Supersnazz」は、ロックン・ロールを基調としながらも、ラヴィン・スプーンフルのようなラグタイムやフォークを取り入れたスタイルであった。しかし、60年代の終わり頃のある日、デトロイトでMC5のライブを見たロイ・ロニーは彼らのパフォーマンスにショックを受け、2ndアルバム「Flamingo」(1970)、3rdアルバム「Teenage Head」(1971)ではガレージ・ロック色を強めた。
ロイが脱退し、クリス・ウィルソン加入後(1971年以降)は、活動の拠点をイギリスに移す。当初は第1期のレパートリーを演奏しており、ロイ・ロニー時代のガレージロック色が強く残っていたが、シングルを散発的にリリースしながら徐々に初期ビートルズやバーズの影響を受けたスタイルにシフトしていく。メロディアスでありながらビートの効いたそのサウンドは、パワー・ポップにも分類される。
彼らは音楽性が当時の流行とは無縁であったためなかなかレコード会社と契約を結べず、サイアー・レコードと契約することになったのは1976年である。これには、ガレージ・ロックのコンピレーション「ペブルス」の編集者で有名なグレッグ・ショウの推薦があった。同年、デイヴ・エドモンズをプロデューサーとして迎えリリースしたアルバム「Shake Some Action」(1976)はバンドの代表作として知られている。以後、2枚のアルバムをリリースしている。
クリス・ウィルソンがバラクーダーズに加入するために1981年に脱退。それ以後、ライヴ活動を行うも、シリル・ジョーダンとジョージ・アレキサンダーを除くメンバーの頻繁な入れ替えがあり、バンドは1992年に解散。その後、シリル・ジョーダンとクリス・ウィルソンは、それぞれマジック・クリスチャン、グルーヴィン・フレイムスというバンドを率いることになる。2000年代後半に入ると、元メンバー達がジョイントライヴを行ったり、クリスのソロアルバムへの参加をしたりするなど交流が活発になり、2013年4月にはシリル、クリス、ジョージのラインナップでフレイミン・グルーヴィーズとして初来日ライヴを果たした。
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