ボブ・キューリック

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ボブ・キューリック

ロバート・ジョエル・キューリック(Robert Joel Kulick、1950年1月16日 - 2020年5月28日)は、アメリカのロック・ギタリスト音楽プロデューサーキッスの元リード・ギタリストであるブルース・キューリックは実弟。

概要 ボブ・キューリックBob Kulick, 基本情報 ...
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経歴

  • 1973年、キッスのリード・ギタリストのオーディションを受ける。結果的には彼のすぐあとに演奏したエース・フレーリーがその座を射止めたが、キューリックはジーン・シモンズポール・スタンレーから高く評価され、後にアルバム『アライヴ2』(1977年)、『キッス・キラーズ』(1982年)などのレコーディングにノン・クレジットで起用された。スタンレーの1978年のソロ・アルバムと1989年のソロ・ツアーにも参加した。
  • 1977年~79年、1983年~85年、および1987年~89年にはミートローフのツアーバンドNeverland Expressのメンバーとしても活躍。1984年のミートローフのスタジオアルバム"Bad Attitude"のレコーディングにも参加した。
  • 1991年には弟のブルースとともにSkullと称するプロジェクト・バンドに参加、アルバム"No Bones About It"をリリース。
  • 1993年にグラハム・ボネットとBlackthorneを結成するが、デビューアルバム『Afterlife』を発表後、セカンド『Don’t Kill the Thrill』は完成していたもののお蔵入りになり、そのままバンドは空中分解的に解散してしまう。幻となった『Don’t Kill the Thrill』は、2017年に発売されやっと日の目を見ることとなった。[1]
  • 1996年にはMurderer's Rowを結成し同タイトルのアルバムをリリースした。
  • 彼はプレイヤーとして、プロデューサーとして合計10枚以上のプラチナ、ゴールドレコードを獲得している。2004年には、モーターヘッドによるメタリカのカヴァー曲"Whiplash"(WWEのレスラー、トリプルHの入場テーマ曲)をプロデュースし、2004年度のグラミー賞最優秀メタル・パフォーマンス賞を獲得した[2]
  • 2020年5月28日に死去。70歳没[3]。後日、実弟のブルース・キューリックは、心臓疾患による死因を伝えた。以前から胸の痛みや動悸を医師に相談はしていたが、「同年に流行した新型コロナウイルス(COVID-19)拡大の影響で、治療を受けるのが難しい状況だったようだ」と説明している[4]

主な参加作品

プロデュース作品

  • "Stone Cold Queen: A Tribute" (2001)
  • "One Way Street, A Tribute to Aerosmith" (2002)
  • "Spin the Bottle ~ and All-Star Tribute to KISS" (2004)
  • "An All Star Tribute to Shania Twain" (2005)
  • "Welcome to the Nightmare: An All-Star Salute to Alice Cooper" (2005)
  • "An All Star Tribute to Cher" (2005)
  • "Butchering the Beatles ~ A Headbashing Tribute" (2006)
  • "We Wish you a Metal Xmas and a Headbanging New Year" (2008)
  • Kris Hadlock "Your Wifes Rock Band" (2009)

出典

関連項目

外部リンク

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