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フォークキャンプ(ふぉーくきゃんぷ) は、1967年から1969年まで関西で開催されていたフォークソング、ポップスの集会とコンサート。打ち上げコンサートが開催地とは別に京都市内の円山公園野外音楽堂などで行われることもあり、その後の全日本フォークジャンボリー、大阪の春一番コンサート、京都の宵々山コンサートなどの野外コンサートのさきがけとなる集会となった。
関西で始まったイベントに関しては、正式には「関西フォークキャンプ」といった。また、フォークキャンプと称して、東京フォークキャンプなど各地で同様の集会やコンサートが以後も断続的に開催され、それぞれの地名を冠して現在も全国各地で開催されている。
アマチュア時代のザ・フォーク・クルセダーズが1967年の解散を記念して、「帰って来たヨッパライ」と「イムジン河」を含む自主制作盤のアルバム『ハレンチ』をつくった同年10月に「開催された第1回フォークキャンプコンサートに出演した後に解散」[7]したとされる記述が各文献に多くみられ、定説をなしている。ただし、その後、「帰って来たヨッパライ」の大ヒットを受け、一年間との期間限定で活動を再開して、プロとしてデビューし(ただし、メンバーはアマチュア時代とは異なる)、その解散コンサートである「さよならコンサート」を1968年10月17日に行ったため、このことは、忘れられがちである。
「フォークキャンパーズは、フォークキャンプに集まった若いフォーク・シンガーが結成した自由登録制の音楽ユニット。中川五郎、長野隆、勝木徹芳、村田真、大前隆史、ひらがわらまさゆき、藤村直樹、桝井耕一郎、金延幸子、西岡恭蔵、「友よ」の作詞を岡林信康とともに担当した鈴木孝雄らを擁し。リーダー、鈴木孝雄、勝木徹芳が中心となって活動。[8]、第4回フォークキャンプコンサートなどの音源が残されている。有名な「友よ」の創唱をし、音源(岡林信康、高石ともやデュオバージョン)でコーラスを担当。フォークキャンプの関連コンサートでの演奏のほか、高石ともやと一緒に労音等で全国をまわった。正式名称として、「ザ・フォークキャンパーズ」があり、復刻版のCDのクレジットには、「フォークキャンパース」あるいは「フォークキャンパー」となっているものもある。勝木徹芳らが「なれあいシンガーズ」として抜けたあと大前隆史が「フォークキャンパーズ」のリーダーとして活動を続けMBSヤングタウンやヤングオーオーなどに出演する。
発売日 | アルバム | レーベル | 規格 | 規格品番 |
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1969年12月 | 第4回フォーク・キャンプ・コンサート
第4回関西フォーク・キャンプの打ち上げとして、1969年8月17日に京都円山公園野外音楽堂でおこなわれたコンサートの実況録音盤。 A面
B面
C面
D面
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URC | LP | URL-1005-06 |
2003年10月15日 | avex io | CD | IOCD-41005-6 | |
1998年6月24日 | 1968京都フォーク・キャンプ
第3回関西フォークキャンプを収録。
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ユニバーサル・ミュージック | CD | TOCT-10301 |
1998年6月24日 | 1969京都フォーク・キャンプ
第4回関西フォークキャンプを収録。
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ユニバーサル・ミュージック | CD | TOCT-10302 |
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