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ハンク・ブレイロック

アメリカの野球選手 (1980-) ウィキペディアから

ハンク・ブレイロック
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ハンク・ジョー・ブレイロックHank Joe Blalock , 1980年11月21日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ出身の元プロ野球選手(三塁手)。右投げ左打ち。

概要 基本情報, 国籍 ...
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経歴

プロ入りとレンジャーズ時代

2002年、レンジャーズで周囲の期待を背負ってメジャーデビュー。しかし、重圧に負けてしまい、散々な成績に終わる。2003年、前年の不振によって周囲から評価を下げられたことがいい方向へ作用。打率3割、29本塁打、90打点の好成績を記録する。この年は二塁手としても4試合(先発出場は1試合のみ)プレーした。2004年、弾丸ライナーのような本塁打はマスコミから「ソニック(超音速)スラム」と呼ばれるようになる。しかし、シーズン後半はそのソニックスラムを狙いすぎるようになり、バッティングが崩れる。それでも32本塁打、110打点の成績を残した。

2005年は主に4番・三塁手として出場し、自己最多の161試合に出場。打率こそ.263と平凡な数字に終わったものの、3年連続25本塁打&90打点以上となる25本塁打・92打点を記録。しかし、シーズン終盤に失速し、残り50試合でわずか2本塁打しか放つことができなかった。また、対左腕の打率.196と来季以降の課題も残った。

2006年は、7月以降は右肩痛に苦しみ、最後の12試合は指名打者として出場し、主力打者としての勤めを果たした。そして、最終戦の翌日には、故障個所の手術を行った。そのため、実質メジャー4年目で、本塁打・打点ともに自己最低の成績であった。2007年は前年の不振・手術からの完全復調が望まれたものの、腕の神経障害を患い、5 - 9月までの長期離脱を余儀なくされた。復帰後は19試合に出場し、5本塁打・17打点と復調した。しかし、シーズントータルではわずか58試合の出場に終わり、レギュラーに定着した2003年以来継続していた143試合出場を4年連続で止まってしまった。また、同年オフの2008年3月3日に、夫人と息子を乗せたSUVがキャンプ地の近くで追突され、家族は無事だったものの、ブレイロック自身は首を痛めるというアクシデントに見舞われた。

レイズ時代

2010年5月15日、マイナー選手プラス金銭トレードで、タンパベイ・レイズへ移籍した。レイズでは26試合に出場し、打率.254・1本塁打・7打点という成績だった。

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選手としての特徴

コンパクトで鋭いスイングをするが、強振しすぎることも多い。弱点が多く、特に外角に逃げていく球と高目、左投手が苦手で、選球眼には改善の余地がある。走塁は平均以下。守備は第一歩も早く守備範囲も平均よりは上で、肩も強く送球も正確だが、投げるまでに間があるのが難点[1]

人物

打席に入る際にかかる曲はニッケルバックアニマルズである。

3歳年下の弟ジェイクは現在フィラデルフィア・フィリーズ傘下に所属する外野手・三塁手である[2]

詳細情報

年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球団 ...

記録

MiLB
MLB
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脚注

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関連項目

外部リンク

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