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ネリー (ラッパー)
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ネリー(Nelly、本名:コーネル・ハインズ・ジュニア、Cornell Haynes Jr.、1974年11月2日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州出身、ミズーリ州セントルイス育ちのヒップホップMC、ヒップホップ・ミュージシャン、俳優。
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人物
要約
視点
テキサス州生まれ。軍人である父の仕事の関係で、生後まもなくスペインへ3年間ほど在住し、後にミズーリ州セントルイスへ移り住む。
ドラッグとギャングに囲まれながら暮らし、1993年にミズーリ州ユニバーシティ・シティ(University City, Missouri)に移る。実はプロ野球選手になる寸前まで行くが、高校時代に知り合った仲間で結成されたチーム、セント・ルナティックスと共にプロのラッパーになる道を選ぶ。
影響を受けたラッパーには、ラキム、LLクールJ、Run-D.M.C.、アウトキャスト、グッディー・モブ、ジェイZを挙げている。1999年にリリースされたファースト・シングル「カントリー・グラマー」は、「歌うようにラップする」というスタイルが受け大ヒットした。全米の主要ステーションでは「これぞフューチャリスティック・ダウン・ボトム・バウンス・ビート!」と大絶賛され、ファンキーで独特の味がある「田舎コトバ」も「何を言っているかわからないけれど、オモシロイ」と素直に受け入れられた。
2000年7月、このシングルを含むデビュー・アルバム『カントリー・グラマー』は、発売第1週で25万枚のセールスを記録、ポップ・チャートもエミネム、ブリトニー・スピアーズに次いで堂々初登場3位をマークした。ビルボードHot R&B/HipHopチャートでは5週連続1位、アルバムTop 200でも2週連続第1位を獲得。セカンド・シングル「E.I」の大ブレイク、そして続く「ライド・ウィッミー」のヒットを受け、『カントリー・グラマー』はラップ・アルバムとしては異例の約1年以上に及ぶビルボード長期チャート・インを果たし全世界での売上も1000万枚に達し、ダイヤモンド・アルバムとなった[1]。
また、映画『トレーニング デイ』に収録された「#1」が全米大ヒット、さらにインシンクのアルバムからのシングル「ガールフレンド」のリミックスにフィーチャーされた。
2002年6月、セカンド・アルバム『ネリーヴィル』をリリース、ビルボード・アルバムTop200で堂々1位、全世界1000万枚以上のセールスを記録する特大ヒットとなる。ザ・ネプチューンズが手掛けた「ホット・イン・ヒア」を皮切りに、デスティニーズ・チャイルドのケリー・ローランドとデュエットした「ジレンマ」は、その年最大のヒット曲となり、全米シングル・チャート連続No.1を獲得した。さらに「エア・フォース・ワンズ」、「ガールフレンド」のお返し的にジャスティン・ティンバーレイクをフィーチャーした「ワーク・イット」が立て続けにヒットし、2002年度グラミー賞など数々の賞を受賞した。
2009年、2月4日に日本独自企画盤のベストアルバム『ザ・ベスト・オブ・ネリー』をリリース。日本の女性R&BシンガーDOUBLEと収録曲「ワン・アンド・オンリー feat. DOUBLE」で初の日本人との共演を果たす。
『新ビバリーヒルズ青春白書』にも特別出演し「Liv Tonight」を披露した。ネリーの好きな食べ物はキャンディーコーン[2]。
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ディスコグラフィ
→詳細は英語版「en:Nelly discography」を参照
アルバム
コンピレーション・アルバム
- ザ・ベスト・オブ・ネリー - The Best of Nelly 日本独自盤<2009年2月4日>
リミックス・アルバム
- ダ・ダーティ・ヴァージョンズ:ザ・リインベンション - Da Derrty Versions: The Reinvention(2003年)<2003年11月21日>
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フィルモグラフィ
→詳細は英語版「en:Nelly#Filmography」を参照
受賞歴
日本公演
- Sweat Suit Tour Japan(2005年)
- MTV Video Music Awards Japan 2008(2008年)
- 出演 ファーギーなど
- 5月31日 さいたまスーパーアリーナ
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脚注
外部リンク
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