ジョアン・ミレッ
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ジョアン・ミレッ(Joan Miret、1960年11月1日 - )は、スペイン・バルセロナ県タラサ出身の[2]サッカー指導者。元選手でポジションはゴールキーパー(GK)。ジョアン・ミレットとも表記される[3][4]。
来歴
現役時代
9歳の頃からGKを始めた。ミレッの育った地域では当時は人気の無いポジションだったという[5]。少年期に憧れたGKはスペイン代表のホセ・アンヘル・イリバルとルイス・アルコナーダ。後に「イリバルはアルコナーダほどのポテンシャルは無かったが、優れた技術とポジショニングで衰えを感じさせなかった」と分析し、指導に活かしている[6]。
キャリアの大半を地元カタルーニャ州のクラブで過ごし、U-19カタルーニャ代表にも選出された[2]。1984年、負傷により現役を引退[2]。
指導者時代
1985年、古巣テッラーサFCで指導者に転身した。1990年頃まではとにかくメニューをこなさせる指導をしており、選手の伸び悩みに直面[3]。自身がボールを止める技術を伝達できていないと痛感し、3年間指導から離れた[4]。
2000年、カタルーニャを離れバスク州ゲルニカへ移住[7]。SDゲルニカ・クラブでGKコーチを務め、こなす練習ではなく基礎的な技術を一つ一つ身に付けさせる練習によって[4]ゴルカ・イライソスら多くの選手を同州の強豪アスレティック・ビルバオへと輩出した[3]。
2013年、湘南ベルマーレアカデミーGKプロジェクトリーダーに就任[2]。小学生から高校生まで幅広く指導した。
2019年7月10日、奈良クラブのアカデミーGKダイレクターに就任[8]。2020年はトップチームのGKコーチを務め、シーズン終了後に退任した[9]。
2021年4月1日、筑波大学蹴球部のGKコーチとして活動を開始した[10]。
2022年1月12日、浦和レッズの新体制発表会にてGKコーチとして就任した[11]。2024年11月、同年限りでの退任を発表[12]。
所属クラブ
- 1969年 - 1979年
ジャバック (ca:Unió de Futbol Base Jàbac i Terrassa)
- 1979年 - 1980年
カルドナ (ca:Club de Futbol Cardona)
- 1980年 - 1983年
テッラーサFC
- 1983年 - 1984年
CDカステリョン
指導歴
脚注
外部リンク
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