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楽器を体系型に分類する学問 ウィキペディアから
楽器分類学(がっきぶんるいがく)は、楽器を体系的に分類するための学問である。比較音楽学の一部である比較楽器学を基礎とする。現在は、ザックス=ホルンボステル分類をもとに、体鳴楽器・膜鳴楽器・弦鳴楽器・気鳴楽器・電鳴楽器の5つに分類するのが一般的である。同じような意味で「楽器分類法」ということばが用いられることもあるが、こちらは学問的考察によらず、歴史的な経緯で用いられている分類を意味する場合が多い。
西洋音楽あるいはオーケストラでは、伝統的に楽器を管楽器・弦楽器・打楽器に分け、さらに管楽器を木管楽器と金管楽器に分類している。しかし、管楽器の「管」は楽器の形態による分類であり、弦楽器の「弦」は音を出す振動体による分類であるし、打楽器の「打」は奏法による分類である。木管/金管は楽器の材質による分類である。「鍵盤楽器」という分類もあるが、「鍵盤」は音を出すためのメカニズムの形態を表しているに過ぎない。つまり旧来の楽器分類法は、一貫した分類基準に基づくものではないのである。クルト・ザックスは、「これはちょうど、アメリカ人をカリフォルニアの人と銀行家とカトリック信者に分けるのと同じ」であると述べている[1]。
このため、たとえばピアノは「鍵盤」によって「弦」を「打」って音を出すのだから、鍵盤楽器であり弦楽器でもあり打楽器でもあるということになり、その一方でオルゴールはどの分類にも該当しないことになる。今日のフルートはほとんどが金属で作られているにもかかわらず、「唇の振動を用いないエアリード式の楽器であるから」という、材質とは何の関係も無い理由で木管楽器に分類されている[2]が、金属でできているのに木管楽器では筋が通らない。さりとて金管楽器は英語では「Brass instrument(真鍮製の楽器)」であるから、銀や金、洋白などで作られることが多いフルートは、金管楽器に含めることもできないことになる[注釈 1]。日本語における「Wind instrument ⇒ 管楽器」という誤訳も問題であり、「オカリナは管楽器ではない」といった誤った主張が見受けられる[3][4]し、チューブラーベルは、その名称からして明らかに「管」楽器なのに、なぜ奏法に基づいて打楽器に分類するのかといった疑問を生む。
このように、旧来の楽器分類法は歴史的経緯から半ば自然発生的に生まれたものなので、それなりの存在意義がないわけではないが、恣意的・非論理的であって、あらゆる楽器を体系的に分類する方法としては適していない。
19世紀後半のヨーロッパにおいて、東洋やアフリカなど西洋以外の楽器が収集されるようになると、博物館などは収蔵品の分類目録を整備する必要に迫られたが、旧来の分類法では役に立たないことが明白であった。そこで、世界各地の民族楽器を比較・研究する比較楽器学をもとに、科学的・論理的な分類方法を研究する楽器分類学が成立した。これまでのところ統一した分類基準を確立するまでには至っていないが、「ザックス=ホルンボステル分類」が広く知られており、博物館などで実際に使われている分類は、これを応用したものが多い。
楽器を分類することは古くから地域ごとにおこなわれてきた。
中国では楽器をその素材によって、金・石・糸・竹・匏・土・革・木の8種に分類し八音と呼んだ[5]。通常は雅楽の楽器に対して使うが、陳暘『楽書』では胡楽や俗楽の楽器も八音で分類している。一般にはより簡明な「金石糸竹」[6](金石が打楽器、糸竹が弦楽器と管楽器)、「糸竹管絃」[7]のような分類が行われた。日本の雅楽では「打物・弾物・吹物」のような演奏方法による区別が行われている[8]。
インドでは、世界最古の舞踊・音楽の教典「ナーティヤ・シャーストラ」(2 - 5世紀)で弦楽器、気楽器の2種に分けた。仏教では、片皮・両皮・前皮・打・気の5種音楽(弦なし)に分類し、ジャイナ教では皮楽器・弦楽器・金属打楽器・気楽器の4種に分類した。13世紀の舞踊理論書「サンギータ・ラトナーカラ」第6巻で弦楽器・管楽器(または気楽器)・皮製打楽器・金属製打楽器に分け、インドの4分類法が確立した。
アラビアでは哲学者・音楽学者アル・ファーラービー (897? - 950) が「打奏し、弾奏し、摩奏する固体の楽器」と「吹奏される空気を満たした楽器」の2つに分類した。
ヨーロッパでは、16世紀にヴィルドゥングが管楽器・弦楽器・打楽器の3分類法を考案し、これが一般には現在まで用いられている。1888年、ブリュッセル楽器博物館の館長であったマイヨンは、自鳴楽器・膜鳴楽器・気鳴楽器・弦鳴楽器の4種をさらに形態と奏法によって分類する体系を作成し、多くの非西洋楽器を含む世界の楽器の分類を行った。これは、インドの4分類法にヒントを得たと考えられている。
これを1914年にドイツのエーリッヒ・フォン・ホルンボステルとクルト・ザックスが拡張したものが「ザックス=ホルンボステル分類」で、マイヨンが自鳴楽器としていたものを体鳴楽器と改めた上で、全体を300あまりの項目に細分化したものである。その後、ザックスはこの分類に電鳴楽器を追加して5分類とした。
他にもザックス=ホルンボステル分類を修正したものや、さらに細分化したものとしては、ハンス・ドレーガーによるもの、ノルリントによるものなどがある。また、フランスのアンドレ・シェフネルは、上記のアラビアの分類を基にした次のような2分類法を1936年に提案している。
ザックス=ホルンボステル分類は、「楽器とは音を出すための道具である」という原点に立ち、「発音原理」を上位分類要素として体鳴楽器・膜鳴楽器・弦鳴楽器・気鳴楽器の4つに大別したうえで、さらに奏法と形状を下位分類要素として体系化したものである。日本では当初「新楽器四分類法」などと呼ばれることもあったが、後に電鳴楽器が加わって5分類法となった。
たとえばピアノであれば、発音体は弦であるため弦鳴楽器とされ、ヴァイオリンやギターと同じ範疇に振り分けられる。旧来の分類法で管楽器と呼ばれる楽器は、気鳴楽器のうちの吹奏楽器とされ、さらに発音体によって刃型・有簧・唇簧の3種に区分される。前二者が旧来の木管楽器(刃型 : リード無し/有簧 : リード有)、後者がリップ・リードである金管楽器に相当する。
通常これらの分類は数字で示され、補助的に各言語で説明される。ピアノの場合は次のようになる[9]。
314.122-4-8True board zithers with resonator box (box zither) sounded by hammers or beaters, with keyboard
(日本語訳例 : 本来的平板形ツィター 共鳴箱式(箱形ツィター)ハンマーまたはビーターによる発音 鍵盤付き)
先頭の数字は上位分類の体鳴楽器・膜鳴楽器・弦鳴楽器・気鳴楽器・電鳴楽器を表しており、それぞれ1・2・3・4・5となる。それ以降の数字が表す形質は楽器の上位分類によって異なっている。たとえば先頭から2番目の数値(例では「314」の真ん中の「1」)は、弦鳴楽器においては発音原理の独立性を示したものであるが、体鳴楽器においては奏法を示す数字となっている。末尾にあるハイフン付きの数字は、この分類方法でとらえきれない楽器の特徴を表しており、例の場合はハンマーによる発音 (-4) と鍵盤 (-8) が示されている。この数字が示す特徴も上位分類により異なる。
このように、旧来の分類法に比べれば論理的であるといえるが、「発音原理」ということばにはあいまいさがあるために、この分類法にも問題は残されており、あらゆる楽器を矛盾無く一意に分類できるわけではない。特に問題なのが、後から付け加えられた電鳴楽器である。たとえば、エレクトリック・ギターは電鳴楽器ということになっているが、弦が音を出すきっかけ(振動源あるいは励振系)になっているのは確かであるから、「発音原理」ということばの解釈次第では弦鳴楽器に分類しても間違いとはいえない。さらに言えば、電鳴楽器において最終的に音を出すのは、弦などの振動源でもなければ内部の電子的発振・増幅回路でもなく、スピーカのコーン(紙などでできた弾性体)である。これを電磁気力という手段で振動させて音を出すのであるから、電鳴楽器の「電」は、「体・膜・弦・気」と異なり、発音体ではなく奏法(手段)を表しているに過ぎないことになる。このように解釈すれば、電鳴楽器は「電奏体鳴楽器」とでもいうような体鳴楽器の亜種に分類すべきだという論も成り立つ。つまり、現在の「体・膜・弦・気・電」という5分類法は、当初の「体・膜・弦・気」の4分類法に比べて、「発音原理に基づく首尾一貫した分類体系」からは明らかに後退していると言わざるを得ない。
こうした難点もあるため、この分類法も国際基準として提唱されるほど高く評価されているわけではないが、民族楽器など比較的単純なローテクの楽器は、「体・膜・弦・気」の4分類のいずれかに属することになり、これらの研究には特に大きな問題が生じないことから、この分類法が広く使われるようになっている。なお、文献によっては「ホルンボステル=C.ザックス分類」などと表記しており[10]、省略するときにはホルンボステルを先にして「HS分類」とするのが一般的である。
以下は、大分類項目に対する簡単な説明と小分類項目およびそれに該当する代表的な楽器である[11]。
1 体鳴楽器 (Idiophone) は、弦や膜などを用いることなく、弾性体によって作られた本体が振動して音を出す楽器である。奏法として、「相互打奏(同じ形状の一対を打ち合わせる)」「単打奏(音源となるものをバチやそれに類するもので打つ)」「振奏(振る)」「掻擦奏(こすり付ける)」「摘奏(はじく)」「擦奏(摩擦する)」などがある。ここで「こすり付ける」とは棒などで刻み目のついた面をこすることによりカタカタと運動させることであり、「摩擦する」とはぴったりと密着した状態で動かすことにより音を出すことである。
11 打奏体鳴楽器
12 摘奏体鳴楽器
13 擦奏体鳴楽器
14 吹奏体鳴楽器
2 膜鳴楽器 (Membranophone) は、開口に張った膜の振動によって音を出す楽器である。日本語では一般に、総称して太鼓と呼ばれる。 膜を張る物体の形状には大きく分けて、「筒型」、「容器型」、「枠型」がある。筒型の楽器においては、胴の長さが膜面の直径よりも長い場合を「深い型」、胴が膜面の直径よりも短い場合を「浅い形状によって、筒がまっすぐなものを「円筒型」、筒がふくらんでいるものを「樽型」、筒が一端に行くに従って細くなるものを「円錐型」、カップ型の筒を2つ逆向きに合わせた型のものを「砂時計型」という。容器型では、膜を張る上端部分が最大の直径である場合には「半球型」であり、上端よりやや低い部分が最大の直径である場合は「卵型」という。
21 打奏太鼓
22 摘奏太鼓(膜面中央に弦を結んであり、弦の振動で膜をふるわせるもの。下位分類名称無し)
23 擦奏太鼓
24 歌奏太鼓
3 弦鳴楽器 (Chordophone) は、弦の振動によって音を出す楽器である。弦をバチで打って鳴らすもの、指などでかき鳴らすもの、弓で弾くもの、風で鳴らすものなどがある。弦鳴楽器は、ネックのような横木のない「ツィター」、胴とネックからなる「リュート」(ネックの代わりに腕木がついているリラを含む)、弦が響板に対して垂直になった「ハープ」に分けられる。
31 単純弦鳴楽器
32 複合弦鳴楽器
4 気鳴楽器には、旧来の分類法で「管楽器」と呼ばれている「吹奏楽器」の他に、「自由気鳴楽器」と呼ばれるものが含まれる。吹奏楽器は発音源によって発生した振動を、空洞(管状のものが多いが、オカリナのように不定形のものもある)内部の空気で共鳴させることによって音を発生させる。自由気鳴楽器は空洞がないか、あっても明確な共鳴は認められず、発音源の振動が直接外の空気に働きかける。
41 自由気鳴楽器
42 吹奏楽器
5 電鳴楽器 (Electrophone) は、最終的に電磁気力によって音を出す楽器で、電気楽器と電子楽器に分けられる。電気楽器は従来の弦などの発音原理を用いて、その共鳴増幅を電気的に行うものである。電子楽器は電子回路による演算によって波形信号そのものを作り出す楽器である。
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