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サブ・ポップ(Sub Pop)は、アメリカ合衆国ワシントン州シアトルにあるインディペンデント・レコード・レーベルである。ニルヴァーナ、サウンドガーデン、マッドハニーなどグランジ・ロックを代表するバンドの多くが最初に契約したレーベルであり、1990年代前半のグランジ・ブームの立役者とされる。その後も多くのバンドを輩出し、2011年現在ではアメリカを代表するオルタナティヴ・インディペンデント・レーベルの一つとなっている。
サブ・ポップ | |
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設立 | 1986 |
設立者 | Bruce Pavitt、Jonathan Poneman |
ジャンル | オルタナティヴ・ロック、グランジ、パンク・ロック、インディーロック |
国 | アメリカ合衆国 |
本社所在地 | ワシントン州シアトル |
公式サイト | https://www.subpop.com/ |
2003年にリリースされたザ・ポスタル・サーヴィスのアルバム『ギヴ・アップ - Give Up』がニルヴァーナの『ブリーチ - Bleach』以来のゴールド・ディスクを獲得し、また2007年にリリースされたシンズのアルバム『ウィンシング・ザ・ナイト・アウェイ - Wincing the Night Away』がビルボード200で初登場2位を記録している。
1979年、ワシントン州オリンピアにおいて、ファンジン『Subterranean Pop』(2刊目からは『SUB POP』に名称変更)がブルース・パビットにより発行される。当初は雑誌だけだったが、1981年からはいくつかのバンドの音源をまとめたコンピレーションテープも付くことになる。
1986年に、パビットともう1人、ジョナサン・ポーンマンがシアトルに引っ越して本格的にレーベルがスタート。
きっかけはジョン・ポントマンという発掘人が仕切っていた、グリーン・リヴァーとサウンドガーデンのライブをパビットが見たことであった。後に2つのバンドと契約することになる。
第一弾としてソニック・ユース、少年ナイフらが参加したコンピレーションLP『サブ・ポップ 100 - SUB POP 100 - 』をリリースする。同年にグリーン・リヴァーのEP『DRY AS A BONE』をリリースした後、
翌1987年にサウンドガーデンの『Screaming Life』をリリースする。
1988年にはニルヴァーナ、サウンドガーデン等が参加したコンピレーションアルバムサブ・ポップ 200をリリース。
やがて、会員制の通販組織「シングルズ・クラブ」(会費を払って会員になると所属ミュージシャンのシングルが毎月1枚郵送されるというもの)を始め、これによりサブ・ポップの名が全米に広まることとなる。なお、「シングルズ・クラブ」の最初のシングルリリースは、1988年11月のニルヴァーナの「ラヴ・バズ - Love Buzz / ビッグ・チーズ - Big Cheese」であった。
また、「シングルズ・クラブ」は1993年から1998年まで一時中断した後、2002年に終了した。
1996年に、サブ・ポップ創設者であるパビットは、「家族との時間を大切にしたい」という理由でレーベルを去っている。
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