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13世紀ペルシアで成立したズィージュ(天文表) ウィキペディアから
『イルハン天文表』(イルハンてんもんひょう、ペルシア語: زیجِ ایلخانی, ラテン文字転写: Zīj-i Īlkhānī、イルハン表、イルハン天文便覧とも)は、イルハン朝の君主フレグの命により、ナスィールッディーン・トゥースィーが中心となって編纂したズィージュ(天文表)である。イブン・ユーヌスの『ハーキム大天文表』などを基に、トゥースィーらが建設したマラーガ天文台での観測も踏まえて作成され、1270年代の前半には完成し、フレグの息子アバカに献呈された[1][2]。
モンゴルでは占星術が重要視され、ナスィールッディーン・トゥースィーはその担い手として最も評価されていた。イルハン朝を興したフレグは、バグダード制圧後、トゥースィーに天文台の建設、天文表の作成を命じた。トゥースィーは、ムアイヤドゥッディーン・ウルディーやナジュムッディーン・カーティビーらと共に、イルハン朝の都マラーゲに天文台を建設、天文観測を行い、1270年頃に天文表を完成させた[3][4]。その頃、イルハン朝の君主はフレグの息子アバカに替わっており、天文表もアバカに献呈され、王朝を称えてその名を戴き、『イルハン天文表』と呼ばれた[3][2]。
『イルハン天文表』の原典は、ペルシア語で記された。数多くの写本や注釈が作られ、アラビア語にも翻訳されて、広く流通し、最も影響力があり多く読まれた天文表の一つとされる[1][5]。
『イルハン天文表』の構成は、
という4部構成となっている[2]。『イルハン天文表』で扱っている暦は、イスラム世界で用いられるヒジュラ暦、サーサーン朝のヤズデギルド3世の即位を起点とし、ゾロアスター教で用いられるヤズデギルド暦、セレウコス1世のバビロン奪還を起点とし、ヘレニズム文化圏で用いられるセレウコス暦、ユダヤ人の用いるユダヤ暦、セルジューク朝で用いられたジャラーリー暦、そして中国・ウイグル暦の6種類である[1]。イスラム世界の天文表で、中国暦が記されたのは、『イルハン天文表』が初めてである[5]。ヒジュラ暦と中国・ウイグル暦の換算、ヒジュラ暦、ヤズデギルド暦、セレウコス暦の相互換算の方法も記されている[6]。
『イルハン天文表』の序文によれば、トゥースィーは正確な天文表を作るのに30年以下の天文観測では無理だと主張したが、フレグは12年で完成させるよう迫った[3]。そのため『イルハン天文表』では、惑星などの基本パラメータを、イブン・ユーヌスの『ハーキム大天文表 (Zīj al-Kabīr al-Ḥākimī)』やイブン・アルアラムの『アドゥド天文表 (Zīj al-'Aḍudī)』[注 1]から採用しており、核心部分はマラーガ天文台の観測に基づくものではない[5][2][4]。しかし、遠日点経度や火星の周転円半径など、それ以前の天文表の値を借用したものとは明らかに異なるパラメータもみられる[4]。また、『イルハン天文表』には60個の恒星をまとめた星表と、もう一つ18個の恒星からなる星表があり、後者では、プトレマイオス、イブン・アルアラム、イブン・ユーヌスが観測した黄道座標が、トゥースィーの座標と並べて記載されていて、マラーガ天文台の独自観測による結果が用いられていることは、間違いないとみられる[1][4]。
『イルハン天文表』は、ビザンツ帝国のグレゴリー・コニアデスによって中世ギリシア語に翻訳されている。それを学んだクリソコッケス (George Chrysokokkes) が編纂した『ペルシアの天文学論文』は、天文表として『イルハン天文表』のものを用いており、ヨーロッパにも『イルハン天文表』は広まった[8]。
『イルハン天文表』は、トゥースィーの天文学の業績の中でも注目を集めるものの一つであり、イスラム天文学史上において重要な成果の一つと評される[2]。しかし、短い期間で完成させる必要があり、古い天文表から引き写した時代遅れのパラメータを用いたため、同時代の天文学者からの評価は芳しくなかった。シャムスッディーン・ワーブカナウィー、ニザームッディーン・ニーシャブーリーらは、『イルハン天文表』が出て間もなく、批判を表明している[9]。特にワーブカナウィーは詳細に検証し、『イルハン天文表』に基づくと合・衝・食などの天文現象が観測と食い違うとして、手厳しく批判した。またルクヌッディーン・アームリー (Rukn al-Dīn al-Āmulī) も、トゥースィーは間違いを犯しており、そのことは当時からよく知られていた、と述べている[4]。
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