株式会社アイザック(IZAK CO.,LTD.)は、富山県魚津市に本社を置き産業廃棄物処理やリサイクル、段ボール製品の製造・販売を行う企業である。
- 環境関連事業(産業廃棄物処理やリサイクルなど)
- パッケージ事業(段ボールの開発、製造、販売)
- 1953年(昭和28年)4月25日 - 創業者石崎由夫が、家業であった造船業から木箱製造業へと業態転換し、石﨑製函所(いしざきせいかんじょ)として創業[1]。吉田工業(現・YKK)の吉田久松からファスナー輸送用の木箱の製造を持ち掛けられたことがきっかけであった[2]。
- 1963年(昭和38年)7月2日 - 資本金150万円にて有限会社旭ダンボール工業所(あさひダンボールこうぎょうじょ)として魚津市大光寺坊丸1782-9にて設立。各種包装品の印刷、加工、製造を開始[1]。
- 1964年(昭和39年)4月 - 旧工場が大雨による川の増水で床下浸水したのをきっかけに、現在地である[3]魚津市大海寺野村に工場を新築移転[1]。
- 1970年(昭和45年)
- 6月 - サッシ部を設置。ビルサッシの製造販売とYKKハイサッシの加工請負を開始[1]。
- 6月15日 - 株式会社に組織変更し。社名を石﨑産業株式会社(いしざきさんぎょう)に変更[1]。
- 1973年(昭和48年) - 産業廃棄物委託処理工場(富山工場)を富山市米田地区に新設[4]。
- 1980年(昭和55年)5月2日 - 魚津市大海寺新4196番地にアルミサッシ工場が落成[4]。
- 1983年(昭和58年)7月 - 本社事務所を新築落成[4]。
- 1984年(昭和59年)7月 - 富山県滑川市に段ボール事業部の滑川工場第1期工事の製函工場完成[5]。
- 1986年(昭和61年)9月 - 富山県滑川市に滑川工場第2期工事完成。段ボール事業部(パッケージ事業部)滑川工場を新設の滑川工場移転完了[5]。
- 1987年(昭和62年)3月 - 建材事業部、大海寺野新より本社敷地内に移転[5]。
- 1991年(平成3年)5月 - CI導入。ブランドネーム(アイザック、I/ZAK)、企業スローガン「いつも感動と交信したい」、シンボルマーク等を新設。同月、商標を『ISK』から『IZAK』に変更[6]。
- 1993年(平成5年)1月- 中部運輸局において日本産業規格(JIS)許可工場認定書取得。アルミ建材事業部JIS表示許可工場となる[6]。
- 1994年(平成6年)
- 1月 - 栃木県下都賀郡野木町にパッケージ事業部および関東事業本部の野木工場が建設着工し、同年9月竣工し、10月稼働開始[6]。
- 7月 - 本社事務所が新築落成[6]。
- 1998年(平成10年)10月30日 - 新社屋が完成[7]。
- 1999年(平成11年)7月 - 県道拡幅に伴い、住宅用建材工場および本社事務所を改修[7]。
- 2001年(平成13年)
- 環境事業本部でISO14001を取得[7]。
- パッケージ事業本部でISO9001を取得[7]。
- 2011年(平成23年) - 富山市に同年7月オープンの富山市屋内競技場の命名権を取得、「アイザックスポーツドーム」の愛称が付けられる。
- 2012年(平成24年)7月24日 - 社名を株式会社アイザックに変更[8]。
- 2015年(平成27年) - 関連会社「株式会社アイザックホールディングス」設立。
- 2018年(平成30年)4月7日 - 富山県富山市の本部工場の隣に足湯とカフェを備えた公園「ピエ・パルク」オープン[9]。
- 本社(富山県魚津市)
- 環境事業本部(富山市)
- パッケージ事業本部(富山県滑川市、栃木県下都賀郡野木町)
- 事業所(兵庫、大阪、埼玉)
- 支店(東京・大阪)
- 営業所(新潟・長野・名古屋・滋賀・北関東)
『いつも感動と交信したい アイザック 石崎産業50年史』(2003年7月、石崎産業株式会社発行)138頁。
『いつも感動と交信したい アイザック 石崎産業50年史』(2003年7月、石崎産業株式会社発行)20 - 21頁。
『いつも感動と交信したい アイザック 石崎産業50年史』(2003年7月、石崎産業株式会社発行)24頁。
『いつも感動と交信したい アイザック 石崎産業50年史』(2003年7月、石崎産業株式会社発行)139頁。
『いつも感動と交信したい アイザック 石崎産業50年史』(2003年7月、石崎産業株式会社発行)140頁。
『いつも感動と交信したい アイザック 石崎産業50年史』(2003年7月、石崎産業株式会社発行)141頁。
『いつも感動と交信したい アイザック 石崎産業50年史』(2003年7月、石崎産業株式会社発行)142頁。