第三世代ゲーム機
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コンピュータゲームの歴史において、第三世代ゲーム機(だいさんせだいゲームき)は、1983年7月15日に日本で任天堂 ファミリーコンピュータ(通称ファミコン)とセガ SG-1000の2つのシステムが発売されたことから始まった[1][2]。この世代は8ビット時代と呼ばれることもある。ファミコンが海外で発売された際には、Nintendo Entertainment System(NES)として作り変えて販売された。この世代は、アタリショックが終わり、家庭用ゲームメーカーの優位性が米国から日本への移行したことを示す[3]。1980年には任天堂のゲーム&ウオッチが、1979年にはミルトン・ブラッドリー(英語版)のMicrovisionが発売されたが、携帯型ゲーム機はこの世代の主要な存在ではなかった。 また、ぴゅう太やSC-3000などゲーム機にキーボードを追加したゲームパソコンも第三世代である。
技術向上により、この世代のゲーム機ではグラフィックとサウンドの機能が向上した。画面上の同時表示色数とパレットサイズの両方が増加し、より大きな解像度と画面上のより多くのスプライトと相まって、開発者はより詳細なシーンの作成が可能になった。同時発音数が5chのオーディオが一般的になり、ゲーム機ではサウンドのバリエーションと範囲が広がった。この世代の注目すべき技術革新は、ユーザーがゲームの進行状況をセーブできるオンボードメモリとバッテリーを持つカートリッジを搭載したことで、任天堂の『ゼルダの伝説』でこの技術が市場に導入された。この技術革新により、ユーザーはゲームを最初から開始するのではなく、進行状況を保存できるようになったため、より広大なゲーム世界と深いストーリーを楽しむことができるようになった。次の世代になると、ゲームの保存機能は普遍的になり、最初はゲームカートリッジに保存していたが、その後、業界が読み取り専用の光ディスク、メモリーカード、ハードディスクドライブ、そして最終的にはクラウドストレージへと変化していった。
この世代で最も売れた家庭用ゲーム機は任天堂のファミコン、次いでセガ・マスターシステム、そしてAtari 7800であった。前世代のゲーム機も8ビットプロセッサを使用していたが、家庭用ゲーム機が初めて「ビット」のラベルを付けて販売されるようになったのは、第3世代の終わり頃であった。また、メガドライブのような第4世代の16ビット機が販売されるようになり、世代間の差別化を図るためにこの言葉は流行した。日本と北米では、この世代は主にファミコンが、ヨーロッパとブラジルの市場ではセガ・マスターシステムが多くを占めていた。第四世代の16ビットシステムが登場して第三世代が終わり、2003年9月25日にファミコンの販売が終了した。