桃岩荘ユースホステル(ももいわそうユースホステル)は、日本ユースホステル協会に加盟している北海道礼文島のユースホステル。
概要 桃岩荘ユースホステル, 所在地 ...
閉じる
- 漁師を営んでいた柳谷秀勝により1967年に創業し、建物はかつて実際に使用されていた鰊番屋を改造したものであり[3]、1870年頃の建築である。秀勝の死後1988年からは息子の柳谷秀一が経営している[4]。
- 昔ながらのミーティングが売り物である歌と踊りのユースホステルである[5]。港でのヘルパーによる旗乱舞のお出迎えと歌と踊りによる盛大なお見送りが有名であり[6]、また港からYHへの送迎車の中では知性や教養や羞恥心を捨て去る儀式を行い独自の世界観に慣れさせ、YHの玄関ではタンバリンやマラカスが鳴らされながら迎えられ[7]、日没時には吉田拓郎「落陽」を歌う儀式も行われる[8]。かつて北海道の旅人の間では「北海道3大馬鹿ユース」の筆頭としてえりも岬ユースホステル・知床岩尾別ユースホステルと並び称され[9][注 1]、最盛期の1970年代には1日200人程が宿泊し[3]、その後2023年時点では年間で約1,000人の宿泊に留まっている[7]。また「愛とロマンの8時間コース」と呼ばれる、礼文島西海岸を徒歩で縦断する名物コースは同ユースホステルが開拓した[12]。また全力で仕事に励むヘルパーに魅了されるなど本荘に宿泊したことをきっかけとして礼文島へ移住した住民も複数存在する[13]。
- YH内では日本標準時から30分進ませた「桃岩時間」を用い[4]、ミーティングでは島の観光案内や送迎情報を寸劇を交え説明し、その後歌謡曲・童謡・オリジナル曲を歌い踊り[7]、朝はラジオ体操やホステラーによる掃除大会が毎日開かれている。毎年一曲ずつヘルパーが「今年の歌」を制作し、代々歌い継がれている[14]。歌と踊りが盛んな文化を持つユースホステルは本荘が最初とされ[7]、日本ユースホステル協会によると、このような歌って踊るYHは2016年時点で日本唯一という[15]。
- 全館禁酒・禁煙であり、グループ・夫婦であっても幼児がいない限りは男女別室になるなどルールやマナーが厳しい[16]。他に、ゴミの選別や食事時の各自食器洗い、起床・消灯時間なども徹底している[17]。
- ペアレントはほとんどミーティングに参加せず[4]、島外の若者を中心に10人程が住み込みで働き[3]、ヘルパーとして館内の行事や運営を仕切っている。常連や長期連泊者でまとまらないように、ヘルパーはYH初心者や初宿泊者のホステラーに優しい対応を心掛けている[18] 。近年は、6月の礼文島の花の季節には、海外からの宿泊者や中高年層のホステラーが目立ってきている。初めての宿泊者でもお帰りなさいと言われ、ヘルパーや宿泊者はニックネーム(桃ネーム)で呼び合っている[14]。
- 礼文島での営業のほか、常連客やヘルパー経験者といった本荘関係者を集めた集会「桃岩荘大会」を毎年10-11月に東京・京都で開催。上野駅から夜行列車で礼文島へ向かう旅行者を見送るために1980年代から行われた会が起源で、2023年時点では約180人が参加し歌や踊りで楽しむ内容が展開されている[13]。
- 昼食は提供していない。2017年以降は夕食も提供しておらず2022年からは朝食もない素泊まりの宿となっている[19]。ただし「ベン&ジョー」と言う喫茶店がオープンしているのでそこで昼食を取ることは可能である[20]。また「圧縮弁当」という弁当を販売しており、主に8時間コース参加者への昼食用であるが、ホステラーであれば参加者以外でも注文ができる。YHの徒歩30分圏内には食事を取れるところや売店が皆無なので注意が必要である[21] 。他にはYH内売店「ぶたなすび」で、お菓子やインスタント食品などが販売されている。売店ではTシャツ・タオル・手作り製品などのオリジナルグッズが販売されている[22]。
- 1990年度は、元地地区の地すべりに伴う町道封鎖により初の年間休業となりヘルパーによる修繕作業を行うのみとなった[23]。
- 2003年に建物裏の岩が崩れる恐れがあるとして、6月1日の開所直前になって営業を取りやめ、そのシーズンは休館になったことがある[24][25]。
- 『ぎっしりしり あこがれぶん 利尻・礼文』(レブ・ジャポン、2000)。
- 尾上太一『島を愛す 桃岩荘/わが青春のユースホステル』(響文社、2011年)。
- 『地球の歩き方 島旅04 利尻・礼文』(ダイヤモンド・ビッグ社、2016)。
- 『スゴいホテル』(イカロス出版、2018)。
えりも岬ユースホステルは「民宿仙庭」となった後、2017年5月に廃業した[10]。知床岩尾別ユースホステルも2020年9月末をもって閉館した[11]
宿泊スタンプで紹介する全国ユース・ホステル一覧 - 日本ユース・ホステル20年史(日本ユースホステル協会)166頁
発信地域から 礼文 桃岩荘最果てに集う旅人たち(中) - 北海道新聞2024年9月26日
2001年旅する記者50人36 北海道礼文島踊る島 - 朝日新聞2001年9月9日日曜版
>発信地域から 礼文 桃岩荘最果てに集う旅人たち(上) - 北海道新聞2024年9月25日
朝の食卓 杣田美野里 ビバ!桃岩荘 - 北海道新聞2004年9月6日朝刊32面
“踊る島・最後のユースホステル”. 朝日新聞. (2001年9月9日)
「旅人癒やし47年 万感の「卒業」 えりも「民宿仙庭」」『北海道新聞』2017年6月2日付朝刊29面。
発信地域から 礼文 桃岩荘最果てに集う旅人たち(下) - 北海道新聞2024年9月27日
2012年11月3日朝日新聞15面「時を超え響く歌声の軌跡」
『地球の歩き方 島旅04 利尻・礼文』、pp.66-67。
朝は午前六時ごろ北原ミレイ「石狩挽歌」の歌により一斉に起こされる(『島を愛す』、p.93)。
シーズン中毎日営業している訳ではなく、例年7月から9月中旬までの営業期間が多い。カレーライスやトーストの他、ドリンクやケーキなどが提供される。ちなみにホステラー以外の観光客も利用可能である。
『地球の歩き方 島旅04 利尻・礼文』、p.21。
まど 桃岩荘休業 - 北海道新聞1990年6月29日夕刊18面
“北海道・礼文島 人気の名物ユースホステル 2年ぶりに再開”. 産経新聞. (2004年6月2日)
桃岩荘崖崩れによる落石による休館の記事
“桃岩荘ユースホステル”. 日本ユースホステル協会. 2020年6月10日閲覧。
「新型コロナウィルス感染拡大予防のため、2020年度の営業(6月~9月)を自粛します。2021年度は通常通り6月~9月で営業予定ですが、状況の推移により営業を判断します」
2021年4月30日付けFacebookより桃岩荘ユースホステルお知らせ「桃岩荘ユースホステルお知らせ。今年こそはと信じて6月1日よりオープン予定で準備を進めておりましたが、一向にコロナウィルスが収まる気配が見られず、むしろ変異株の増加により一層大変な状況になりつつある今、桃岩荘をオープンすることは難しいと判断いたしました。いつも応援して下さっている方、桃岩荘に興味を持って下さっている方、開所を楽しみにして下さっている皆様にお会いできないことは大変残念で悔しい気持ちでいっぱいです。来年こそ、桃岩荘でお会いしましょう!!ホステラーの皆様と元気に笑顔でお会いできると信じて。桃岩荘ユースホステルペアレント」
「愛とロマンの8時間コース」は、荒天時を除く毎日、YHがツアーを組んでいるが、YHのヘルパーは同行せずホステラーのみのツアーとなっている。但し、毎年9月頃、YHの企画としてヘルパーと島内を散策したり、秘境探索やスポーツ大会を行うイベントがある。