初めに最も簡単な場合を扱う。すなわち、実数値の変数を1個もち、値も1個の実数であるような関数 f(x)(または単に f とも書く)を微分することを考える。「微分する」というのは、より正確には、微分係数(英語版)または導関数のいずれかを求めることを意味している。
説明を単純にするため、f(x) はすべての実数 x に対して定義されているとしよう。すると各々の実数 a に対して、f の a における微分係数と呼ばれる数がある(定義されない場合もあるが、ここでは理想的な状況のみを想定して説明する)。これを f′(a) で表す。また、実数 a に対して微分係数 f′(a) を対応させる関数 f′ のことを f の導関数という。
微分係数 f′(a) とは何であるか直観的に説明するには、いくつかの方法がある。
微分係数 f′(a) とは、関数 f のグラフに x = a において(すなわち点 (a, f(a)) において)接線をひいたときの、その接線の傾きのことである。
微分係数 f′(a) とは、変数 x の値の変化に伴う f(x) の変化を考えたときの、x = a における f(x) の瞬間変化率のことである。
微分係数 f′(a) とは、関数 f のグラフの x = a 付近を(すなわち点 (a, f(a)) 付近を)限りなく拡大していったときに、グラフが直線に近づいて見える場合における、その直線の傾きのことである。
ごく単純な関数については、上記の説明が微分係数の具体的な値について十分な示唆を与えるのは確かだ。たとえば一次関数f(x) = Ax + B を考えると、そのグラフは直線なので、「x = a における接線」もその直線自身であると考えるのが妥当だろう。直線 y = Ax + B の傾きは A だから、微分係数 f′(a) の値も A とすべきだと考えられる。また、二次関数についても、グラフの接線の概念を微分とは無関係に定義して、その傾きを求めることはできる。だが、ほとんどの関数にはこのような手法は通用しないから、一般的な定義を与えるためには新しい考えが必要である。
が存在するとき、f(x) は x = a において微分可能であるという(極限は有限確定値であることを要請する。すなわち、正の無限大や負の無限大であることは許容しない)。またそのとき、上記の極限を x = a における f(x) の微分係数とよび、f′(a) によって表す。
これにともない、f(x) のグラフ上の点 (a, f(a)) を通り傾き f′(a) をもつ直線のことを、f(x) のグラフの x = a における接線という。つまり、x = a における接線とは、y = f′(a)(x−a) + f(a) によって与えられる直線のことである。
上述の微分係数の定義に現れる分数
は差分商とよばれる。これは関数 f(x) のグラフ上の2点 (a, f(a)) と (a + h, f(a + h)) を通る直線(割線という)の傾きを表している。あるいは、変数 x の値が a から a + h まで変化するあいだの、関数の値の平均変化率を表しているとみることもできる。これらの見方によれば、微分係数の定義について、次のような解釈を与えることができる。
「変数 x の値が a から a + h まで変化するあいだの関数値の平均変化率」が、h を 0 へと近づけたときにある数に近づくならば、それを瞬間変化率とみなすのが妥当であろう。この瞬間変化率が、微分係数 f′(a) である。
なお、上述の微分可能性の定義では h が 0 にどのようにして近づいても差分商が一定の値に収束することを要請したが、近づき方を限定することも考えられる。h が正の値をとりながら 0 に近づいたときの片側極限
が存在するとき、f(x) は x = a において右側微分可能であるといい、この片側極限を右側微分係数とよぶ。同様に、h が負の値をとりながら 0 に近づいたときの片側極限
が存在するとき、f(x) は x = a において左側微分可能であるといい、この片側極限を左側微分係数とよぶ。f(x) が x = a において微分可能であるためには、「f(x) が x = a において右側微分可能かつ左側微分可能で、かつ右側微分係数と左側微分係数が一致する」ということが必要十分である。
区間における微分可能性と導関数
関数 f(x) が開区間 で定義されており、すべての において微分可能であるとき、f は区間 I において微分可能であるという。またそのとき、a に対して微分係数 f(a) を対応させる区間 I 上の関数のことを、f の導関数といい f′(または変数の記号を補って f′(x))で表す。
I がその他のタイプの区間である場合にも、区間 I における微分可能性を定義することができる。たとえば、I が有界閉区間 [α, β] である場合には、区間の内点では通常の意味での微分係数の存在を要請し、α では右側微分係数が、β では左側微分係数が存在することを要請する。導関数 f′(x) の値は、x = α では右側微分係数、x = β では左側微分係数とする。
関数 f が区間 I において微分可能で、さらに導関数 f′ が I で連続であるとき、f は I において連続微分可能である、または C1級であるという。
1次近似による定式化
開区間 で定義された関数 f(x) について、 とするとき、次の条件は f(x) の x = a における微分可能性と同値である。
関数 f が区間 I で導関数f′ をもち、それがさらに I で微分可能なとき、f′ の導関数を f の2階導関数とよび f″ で表す。より一般に、関数 f が区間 I で n 回繰り返して微分できるとき、f は I で n回微分可能であるといい、n 回微分して得られる関数を n階導関数といって f(n) で表す。
f が n 回微分可能であって、さらに n 階導関数 f(n) が連続であるとき、f は n回連続微分可能である(または Cn 級である)という。何回でも微分可能な関数は無限回微分可能である(または C∞ 級である)という。C∞ 級関数のことを滑らかな関数ということもある(ただしこの語の用法は必ずしも一定していず、たとえば単に微分可能であることを指して滑らかであるという場合もある)。
f が Rn の開集合から Rm への函数ならば、f の方向微分は、その点における f の選択した方向への最適線型近似を与える。しかし、 n> 1 のときは、位置方向への方向微分だけでは f の挙動を完全に捉えることはできない。全微分は、全ての方向を一度にまとめて考えることで函数の挙動を完全にとらえるものである。
f の a における全微分係数(あるいは単に全微分)は
を満たす唯一の線型写像 f′(a): Rn → Rm と定義される。ただし、h∈Rn だから分母におけるノルムは Rn における標準ノルムであり、他方 f′(a)h∈Rm であり分子のノルムは Rm の標準ノルムである。v が a を始点とするベクトルならば、f′(a)v は f による v の押し出しと呼ばれ、f∗v とも書かれる。f の点 a における全微分係数 f′(a) は a を始点とする任意のベクトル v に対して、線型近似公式
点 a において全微分係数が存在するならば、a における f の任意の偏微分および方向微分が存在する。即ち、任意の v に対して f′(a)v が f の a における v-方向への方向微分になる。f を座標成分函数を用いて f = (f1, f2, …, fm) と書けば、全微分係数は、偏微分を用いて行列として表すことができる。この行列
は f の a におけるヤコビ行列と呼ばれる。全微分係数 f′(a) が存在することは、すべての偏微分が存在することよりも真に強い条件であるが、偏微分が全て存在して連続ならば全微分は存在し、それはヤコビ行列によって与えられ、a に関して連続的に変化する。
全微分係数の定義は一変数の場合も含むものになっている。f が実一変数の実数値函数であるとき、全微分係数の存在する必要十分条件は通常の微分係数が存在することである。ヤコビ行列は微分係数 f′(x) を唯一の成分とする 1 × 1 行列であり、この行列は f(a + h) ≈f(a) + f′(a)h なる近似性質を持つ。変数を取り替える(英語版)違いを除いて、これは函数 x ↦ f(a) + f′(a)(x−a) が f の a における最適線型近似であることを述べるものである。
高階の全導函数となるべきものはジェット(英語版)と呼ばれるもので、これは線型写像ではない(高階導函数は凹性(凸性)などの微妙な幾何学的性質を反映するので、これはベクトルのような線型の情報では記述できない)し、接束上の写像でもない(接束は底空間と方向微分に対してしか意味を成さない)。ジェットは高階の情報を反映することから、各方向への高階の変化を表す追加の座標を引数としてとる。このような余分の座標によって決定される空間はジェット束(英語版)と呼ばれる。函数の全微分と偏微分との関係に並列に対応するものは、函数の k-階のジェットと k 階以下の偏微分との関係として理解することができる。
高階フレシェ微分
全微分を繰り返しとることは、高階のフレシェ微分(を Rp に特殊化したもの)として定式化することができる。つまり、k-階の全微分は
なる写像として解釈することができる。この写像は点 x∈Rn に対して、Rn から Rm への k-多重線型写像の空間の元で、その点において f を(ある特定の明確な意味において)「最適」に k-重線型近似するものを割り当てる。対角線埋め込み Δ: x → (x, x, …, x) との合成を考えれば、多変数のテイラー級数も最初の方の項が
となるようなものとして与えられる。ただし、f(a) は定値函数と同一視され、各 (x − a)i はベクトル x − a の第 i-成分で、(Df)i, (D2f)jk, … は線型変換としての Df, D2f, … の各成分を表す。
実函数の微分の重要な一般化は、複素平面上の領域からガウス平面 C への函数のような複素数の複素解析である。複素函数の微分の概念は、実函数の微分の定義において実変数であるところを複素変数に置き換えることで得られる。二つの実数 x, y を用いて複素数 z = x + iy と書くことによりガウス平面 C を座標平面 R2 と同一視するとき、C から C への複素可微分函数は R2 から R2 へのある種の(その偏導函数が全て存在するという意味での)実可微分函数とみなすことができるが、逆は一般には成り立たない(複素微分が存在するのは実導函数が「複素線型」であるときに限り、これは二つの偏導函数がコーシー–リーマンの方程式と呼ばれる関係式を満足することを課すものである)。正則関数の項を参照。
別の一般化として可微分多様体(滑らかな多様体)の間の写像の微分を考えることができる。直観的に言えば、可微分多様体 M とはその各点 x の近くで接ベクトル空間と呼ばれるベクトル空間によって近似することのできる空間である(原型的な例は R3 内の滑らかな曲面(英語版)である)。そのような多様体間の可微分写像 f: M → N の点 x∈M における微分係数あるいは微分は、x における M の接空間から f(x) における N の接空間への線型写像であり、導函数は M の接束から N の接束への写像となる。この定義は微分幾何学において基本的であり、多くの応用がある。写像の微分(押し出し)および引き戻し (微分幾何学)(英語版)の項を参照。
微分・積分という訳語は李善蘭がアレクサンダー・ワイリー(英語版)(偉烈亜力)とともにイライアス・ルーミス(英語版)の著書 Elements of Analytical Geometry and of Differential and Integral Calculus を翻訳して『代微積拾級』(1859年(安政6年)出版)を著すときに作った[7]。古代の成語「微を積みて著を成す」の意味からとったと推測されている。
Anton,Howard;Bivens,Irl;Davis,Stephen(February 2, 2005),Calculus: Early Transcendentals Single and Multivariable(8th ed.),New York:Wiley,ISBN978-0-471-47244-5
Courant,Richard;John,Fritz(December 22, 1998),Introduction to Calculus and Analysis, Vol. 1,Springer-Verlag,ISBN978-3-540-65058-4
Eves,Howard(January 2, 1990),An Introduction to the History of Mathematics(6th ed.),Brooks Cole,ISBN978-0-03-029558-4